初めの試験(2)

 午後の実技試験は、公開で行われた。

 100名あまりの同級生に加え、上級生のものであろう視線をそこここに感じながら、新入生は運動場で自分の技を披露することになる。

 ほとんど昼ごはんも食べられないまま、運動場の隅でリアは膝を抱えていた。

 実技試験は、口頭試問の上位者から順に行われる。


 初めに運動場の真ん中に現れたのは、やはり昼にリアに声をかけた、あの美少女だった。


「エリザベス・アニサカ」


 教官の声が運動場に響くと、生徒の間にざわつきが広がる。


『あのアニサカ家の、妹だ。さすがだな』




 運動場には、ふわふわと動く、ウサギや猫のようなものがいくつか浮かんでいる。

 その傍らには、赤毛の年若い教官、ケインの姿がある。


「面倒だから細かいことは、気にしなくていいよ。ここに浮いてる、僕の使い魔を、君たちの全力で攻撃してごらん。時間は、30秒だ」


 ケインの目には愉しそうな光が浮かんでいる。


「……」


 少女の掌に、水の球が浮かんだ、

 彼女の美しさと相まって、神話の天使のような情景が広がる。

 会場の視線が陶然となる。瞬間。

 エリザベスの掌の上の水球は四散し、刃のような鋭さですべての使い魔を貫いた。

 会場は静けさに包まれる。


 ヒュウ。口笛を吹いたのは赤毛の教官、ケインだった。


「……やるね。出していた8体、すべて串刺しで使用不能だ。スピード、インパクト、申し分ない。……1年目の実技は、免除でいいだろう」


 淡々とした表情で、美少女は引き下がる。


『驚いたな。出してたケイン先生の使い魔、かなりの力だろう。……彼女、攻撃型なのか』


 ひそひそ、上級生と思われるささやき。集まる視線を、美少女は硬質な横顔ではじいている。




 2番手以降の生徒の実技が続くが、1番手の実演が段違いすぎて、印象の乏しさは否めない。結局、99番目まで、その後に倒された使い魔は3体しかいなかった。


「リア・アストラ」


 リアの名前が呼ばれた時、さすがに飽きが来た上級生の視線はほぼ離れた後だった。同級生たちにも、自分の実技を終えたけだるい空気が漂っている。

 名を呼ばれ、運動場に出て行ったはいいものの、リアは何もできずに立ち尽くすしかない。


「早く引っ込めばよい、推薦入学。近衛隊長がどのような心映えか知らぬが、魔術師を侮辱した今回の件、見過ごさでおくものか」


 突然、大きな鷹が現れるとともに硬質な声が響いた。途端に周囲の耳目が集まるのが分かる。

 午前中の、眼鏡の試験官だ。リアは唇をかむ。


「お前、何なんだよ、ソシギ。実技は俺が見るって、言っただろ」


 呆れたようなケイン教官の声。




(カイトさんの、お名前に、傷がつく)


 魔術師学校ではナギの名前を出すことはできないと言われ、リアの入学にはカイトが後見人になってくれていた。いつもの軽い笑顔で推薦状を書いてくれていたが、こんな大ごとになるなんて。

 リアは覚悟を決める。今自分にできることをするしかない。これまで、何人か、動物を操っている生徒がいた。


「シャーリー」


 リアの傍らに、黒い犬が現れる。


「使い魔か。犬……芸でも見せてくれるかな」


 鷹の口から発せられる、眼鏡の教官、ソシギの言葉は止まらない。


(カイトさん、ごめんなさい)


恥ずかしさに身がよじきれそうになりながら、リアは涙をこらえて命令する。


「シャーリー、取ってこい」




「ぐっ」


 黒犬が鷹をとらえた瞬間、ソシギの姿がその場に現れ膝をつく。

 鷹をかみ砕き、黒犬はそのまま浮遊する使い魔をなめるように破壊する。


「ちょっとまったー!!」


 切迫したケイン教官の声。


「リア嬢、あの犬を止めろ、止めてくれ!!」


 はっと我に返り、リアは黒犬に呼びかける。


「シャーリー、伏せ!」


 途端に黒犬はぺたりとうずくまり、リアに最上級の笑顔を見せる。




 眼鏡の教官は、首を押さえてせき込んでいる。


「……ざまあないな、と言いたいところだけど、さすがに同情するわ」


 ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、自分の喉に治癒魔法をかける眼鏡の教官に、赤毛の教官は気の毒そうな顔をする。


「防御結界、張ってなかったわけ?鉄壁の防御のソシギさんさ」

「新入生、相手に、必要と思うか」


 ようやく声を出せるようになったのか、蒼白な顔のままソシギが答える。


「ま、そりゃそうだよね。……っていうか、あの鷹、たしか式獣だったよね」


 赤毛の教官の目がリアをとらえ、そのまま伏せたままの黒犬に視線が移る。


「……なるほど。これは、雷獣かな」


 ざわり。静まり返っていた運動場にさざめきが走る。

 赤毛のケイン教官は、そのまま透かすようにリアの後ろを眺めた後、つぶやいた。


「うーん、分かった。君は、火と風の実技教科は、飛び級でいいよ」


 運動場のざわめきが大きくなる。リアは、事態が呑み込めずに立ち尽くしていた。

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