魔術師の宣告

 季節は巡り秋が訪れた。


 失せ物探しの依頼は相変わらずだが、質屋の仕事も忙しい。これから来る冬に向けて、防寒具やら燃料やらで物入りが増えるため、質草を持ち込む人が増えるのだ。

 店の前の通りの枯葉を集めて「ヤキイモ」を作るのが、今年の秋のリアの目標だったが、まだ実現できずにいた。



 その日、ナギは店を留守にしていた。魔術師の店主は月に1回ほど、王宮へ出かけていく。彼にしかできない仕事をこなすためらしい。


「あいつんち、魔術の名家だからさ。秘伝の術、とかがあるらしい。魔力を使えなくなった時、あいつは完全に引退するつもりだったらしいけど、そうはいかなくてさ」


 キッチンのテーブルで、リアの焼いた出来立てのスイートポテトをほおばりながら、カイトはのんびりと足を組む。目当てのナギはいなかったが、リアのお菓子が焼きあがるまで、いつものように居座っている。



「ここは喫茶店じゃないぞ」


 ふいに扉が開き、店主の声がした。早い帰りだ。

 キッチンに入ってくるなり、ひょいと、カイトの首根っこをつかむ動作をする。


「え、何かいた?」


 眉をひそめて手元を見るナギに、軽い調子でカイトは尋ねる。慣れっこだ。


「お前、とうとう生霊まで連れてくるようになったのか」


 ゆっくりと右手を開きながら、呆れたようにナギが言う。


「いったいどこのご婦人を泣かせてるんだ。面倒見きれないぞ」

「……勘弁してくれ」


 呻くようにカイトは言う。魔術の心得はないカイトだが、生霊が何かくらいは知っている。


「まあ、悪いことは言わない。しばらく東の通りの店には行かないことだ」


 たちは悪くなさそうだが。ナギがつぶやく。



 それにしても、顔色が悪い。

 いつも、外出から帰ってくると、ナギは疲れ果てた顔をしているが、この日は特にひどかった。


「お前、休んだほうがいいんじゃないか。顔色ひどいぞ」


 テーブルにつき息をつく様子に、カイトが眉を寄せ声をかける。


「いや、……いったん食事をもらったほうがいい」


 カイトの皿の上のスイートポテトに無造作に手を伸ばす。彼のそんな無作法を見たことがないリアとカイトは、目を見張った。

 口にいれ、しばらくすると、明らかにナギの顔色が戻る。


「腹、減ってたのか」


 唖然とした顔でカイトがつぶやくと、ナギは光の戻った灰色の目を上げる。


「いや、……リアの料理は、魔石に匹敵する。はじめから、言ってたろう」


 足元にじゃれつく黒犬を撫でながら、こともなげに言う。


(あれは、物のたとえ、ではなかったのかしら)


 リアにはやっぱり、よくわからない。




 その時、ふいに眉を顰め、ナギが黒犬の頭から手を離した。


「リア、……君、この犬に何かしたかい」


ナギの声色に常にないものを感じ、リアはギクリと顔をあげた。


「あ、あの、今日は死んだふりの練習と、あと、ごはんを。……いけなかったでしょうか」

「餌を、こいつが、食べたのか」

「え、ええ。あ、味付けなしのスープを別に作ったのできっと塩分は……」

「わかった」


 硬い声のまま、ナギはリアの背後を透かすように眺める。その灰色の瞳が瑠璃色に変わり、リアは怯えて肩をすくめる。


「おい、ナギ……」


 怪訝な様子でカイトが声をかけるが、ナギの視線は動かない。

 ふいに視線が戻り、瑠璃色の瞳がひたとリアを見据えた。


「この犬は、もう、君の犬だ」

 

 魔術師は宣告する。


「君は、魔獣と、契約した」


 そのまま、リアを見据えながら、ナギは続ける。


「……君には、たぐいまれな才能がある。君は、魔術師になるべきだ」



 煌々と輝く満月を窓越しに眺めながら、ナギは麦の蒸留酒を嘗めていた。

 低く口笛を吹くと、黒犬が足元にすり寄ってくる。その頭に静かに手を当て、ナギは目を閉じる。びりり、としびれる感覚には覚えがある。


(やはり、格段に魔力が上がっている)


 黒い犬の見た目は変わっていないが、宿している力は、すでに使い魔のレベルではない。


(雷獣か)


 式のクラスの精霊にはなっている。魔術師でも、扱えるのはかなりの上級の者のみだ。


(だとすれば)


キッチンに向かい、オーブンの周りに目を走らせる。天井に張り付くように、赤色のヤモリが見える。


(やはりか。擬態しているが、炎獣だ)


 目を眇めて見つめると、ヤモリの目は(やべっ)というようにそらされている。黒犬と違い、意図的に自分の存在を隠していたのだろう。


「お前も、リアの式獣か。リアから何を得た」


 炎獣は答えない。


(手折った枝一本でも、十分か)


彼女がこの店で料理をはじめてすぐ、炎獣は主を得たに違いない。


(おかしいと思うべきだった)


いくらリアが料理に慣れているといっても、この店の古びた薪オーブンで、一度も失敗せず焼き菓子を作るのは至難の業だ。この炎獣が、せっせと世話をしていたに違いない。


(気難しい炎獣が、菓子作りの手伝いか)


つい頬が緩む。


(しかし)


すぐに真顔になり、ナギは眼を上げる。


(やはり、あの子をこのままにはしておけない)

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