ナギの呪い

 質屋兼魔術師の仕事は、思っていたよりもずっと地味だ。

 店主であるナギは、日のあるうちは質屋の店主、夕暮れに表のドアを閉め切ってからは、精霊のついた品物を相手にしている。作業は、昼も夜も見た目にはほとんど変わらない。

 箱から取り出し、手に取り、眺め、箱に戻す。

 品物が途切れると、部屋にこもりひたすら書物を読みふける。どこから手に入れるのかわからないが、片づけたそばから、書物は切れ目なく積みあがっていく。


(ごはんと寝る時以外は、ずっと働くか読み物をしてる)


 隠居の生活パターンではない。完全な、ワーカホリックだ。店員にストライキを起こされるのもわかる気がする。



「あいつ、程よくってのが、できないんだよな」


 前かがみになり書物に熱中する細身なナギの後姿を眺めながら、カイトはぽりぽりと頭をかく。


「ほっとくと、飯も食わずにずっとあの調子だ。王宮にいたころなんて、ときどき死亡説が流れてた」


 子供の時から、熱中すると他が見えなくなるんだよな。カイトはつぶやく。


「お二人は、子供のころからのお知り合いなのですか」


 焼きたてのクッキーと薬草茶を出しながら、リアは尋ねる。

 王宮付きの近衛兵だというカイトは、非番の日はちょくちょくこの店に顔を出す。


「……まあ、腐れ縁だよな。俺、こんな体質だし、昔っからよく、憑いたの取ってもらってたわけ。お、うまいなこれ」

「昔から」

「あいつは、物心ついたころからの生粋の魔術師だよ。まあ、今は、隠居中? ……だけど」

「……ナギさんは、どうして今のお仕事をしているんですか」


 俺が話していいのかな、カイトの目に迷いが浮かぶ。


「まあ、隠してるわけじゃないしいいか。あいつ、呪われてるんだよ」

「……ええっ?」

「詳しいいきさつは俺も知らないが、魔力を封じる呪いを受けてるらしい。たぶん、今のあいつは、昔の自分の力の残り香みたいなもんで仕事している」

「……残り香、ですか」


それで精霊を除けるというのは、どのくらいの力だったのだろう。


「ずっと本読んでるのは、呪いを解く方法を探してるんだよ」




 呪い。ごくごく平凡な平民育ちのリアには、つい最近までなじみがなかった言葉だ。


「……でもさ、最近は安心してるんだ」


 カイトは、催促してお替りしたクッキーをつまみ上げ、ふふ、と笑う。


「リアのおかげで、少なくとも衣食住は、まともな環境になったもんな。生存確認しなくて良くなっただけでも、ありがたいよ」


 ここ数か月で、あいつの顔色、ほんとにまともになった。しみじみとカイトはつぶやく。




「さすがに、残り香、ではなかなか難しいな」


 リアの入れた薬草茶を一口飲み、ナギは微笑んだ。


「今の私は、精霊の魔力を、簡単に言えば外側に貯めて、魔術を行っている」


 この仕事を選んだのは、精霊の魔力が手に入りやすいためだよ。言い終えてクッキーを口に入れると、ナギの表情が固まる。

 何度か見た光景に、リアは落ち着いたものだ。ナギは食べ物の味が気に入ると、よくこの反応をする。どうもこの主人は、これまでろくな食経験がないらしい。


「こ、れは、斬新な味だな」

「胡椒のクッキーです。東の国ではよく食べるそうです」


 甘味がなく胡椒のきいたクッキーを、ナギはものすごい勢いで口に入れていく。

 落ち着いたところで、やっと目の前の依頼主、カイトが置いた布切れに目を向ける。


「と、いうことで、失せ物探しの依頼は迷惑なんだが」


 

 最近、店には探し物の依頼が多い。黒犬騒動の顛末が、口伝えに広がっているらしい。

 精霊の黒犬の探索能力は高く、日に日に評判が上がっている。


「初めに引き受けたのが、間違いだった。黒犬の能力を測るつもりだったのだが」


 もちろん実入りはあるのだが、肝心の精霊の力が手に入らない。ナギにとっては頭の痛い評判だ。



 ちなみに、シャーリーは「お手伝い」として、予想外に有能だった。

 ドアの前に寝そべり店番をし、客にも愛想を振りまき、失せ物探しをする。ナギやリアが外出から戻った時の喜びようは、こちらも自然と笑顔になるのを止められない。癒される。

 リアに、シャーリーに教えた新たな芸を披露されながら薬草茶を飲むのが、最近のナギの午後の日課である。

 使い魔を出しっぱなしにするのはナギの好みではなかったが、シャーリーはほとんどただの犬のように、店になじんでいた。



 影のように寄り添う黒犬を引き連れ、渋々と言った体でカイトと共にナギが出て行ったあと、カップを片付けながらリアは考える。

 ナギはどのように、呪いを受けたのだろう。その相手は誰なのか。

 聞いても答えてはくれない気がした。

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