ナギの呪い
質屋兼魔術師の仕事は、思っていたよりもずっと地味だ。
店主であるナギは、日のあるうちは質屋の店主、夕暮れに表のドアを閉め切ってからは、精霊のついた品物を相手にしている。作業は、昼も夜も見た目にはほとんど変わらない。
箱から取り出し、手に取り、眺め、箱に戻す。
品物が途切れると、部屋にこもりひたすら書物を読みふける。どこから手に入れるのかわからないが、片づけたそばから、書物は切れ目なく積みあがっていく。
(ごはんと寝る時以外は、ずっと働くか読み物をしてる)
隠居の生活パターンではない。完全な、ワーカホリックだ。店員にストライキを起こされるのもわかる気がする。
*
「あいつ、程よくってのが、できないんだよな」
前かがみになり書物に熱中する細身なナギの後姿を眺めながら、カイトはぽりぽりと頭をかく。
「ほっとくと、飯も食わずにずっとあの調子だ。王宮にいたころなんて、ときどき死亡説が流れてた」
子供の時から、熱中すると他が見えなくなるんだよな。カイトはつぶやく。
「お二人は、子供のころからのお知り合いなのですか」
焼きたてのクッキーと薬草茶を出しながら、リアは尋ねる。
王宮付きの近衛兵だというカイトは、非番の日はちょくちょくこの店に顔を出す。
「……まあ、腐れ縁だよな。俺、こんな体質だし、昔っからよく、憑いたの取ってもらってたわけ。お、うまいなこれ」
「昔から」
「あいつは、物心ついたころからの生粋の魔術師だよ。まあ、今は、隠居中? ……だけど」
「……ナギさんは、どうして今のお仕事をしているんですか」
俺が話していいのかな、カイトの目に迷いが浮かぶ。
「まあ、隠してるわけじゃないしいいか。あいつ、呪われてるんだよ」
「……ええっ?」
「詳しいいきさつは俺も知らないが、魔力を封じる呪いを受けてるらしい。たぶん、今のあいつは、昔の自分の力の残り香みたいなもんで仕事している」
「……残り香、ですか」
それで精霊を除けるというのは、どのくらいの力だったのだろう。
「ずっと本読んでるのは、呪いを解く方法を探してるんだよ」
呪い。ごくごく平凡な平民育ちのリアには、つい最近までなじみがなかった言葉だ。
「……でもさ、最近は安心してるんだ」
カイトは、催促してお替りしたクッキーをつまみ上げ、ふふ、と笑う。
「リアのおかげで、少なくとも衣食住は、まともな環境になったもんな。生存確認しなくて良くなっただけでも、ありがたいよ」
ここ数か月で、あいつの顔色、ほんとにまともになった。しみじみとカイトはつぶやく。
「さすがに、残り香、ではなかなか難しいな」
リアの入れた薬草茶を一口飲み、ナギは微笑んだ。
「今の私は、精霊の魔力を、簡単に言えば外側に貯めて、魔術を行っている」
この仕事を選んだのは、精霊の魔力が手に入りやすいためだよ。言い終えてクッキーを口に入れると、ナギの表情が固まる。
何度か見た光景に、リアは落ち着いたものだ。ナギは食べ物の味が気に入ると、よくこの反応をする。どうもこの主人は、これまでろくな食経験がないらしい。
「こ、れは、斬新な味だな」
「胡椒のクッキーです。東の国ではよく食べるそうです」
甘味がなく胡椒のきいたクッキーを、ナギはものすごい勢いで口に入れていく。
落ち着いたところで、やっと目の前の依頼主、カイトが置いた布切れに目を向ける。
「と、いうことで、失せ物探しの依頼は迷惑なんだが」
最近、店には探し物の依頼が多い。黒犬騒動の顛末が、口伝えに広がっているらしい。
精霊の黒犬の探索能力は高く、日に日に評判が上がっている。
「初めに引き受けたのが、間違いだった。黒犬の能力を測るつもりだったのだが」
もちろん実入りはあるのだが、肝心の精霊の力が手に入らない。ナギにとっては頭の痛い評判だ。
ちなみに、シャーリーは「お手伝い」として、予想外に有能だった。
ドアの前に寝そべり店番をし、客にも愛想を振りまき、失せ物探しをする。ナギやリアが外出から戻った時の喜びようは、こちらも自然と笑顔になるのを止められない。癒される。
リアに、シャーリーに教えた新たな芸を披露されながら薬草茶を飲むのが、最近のナギの午後の日課である。
使い魔を出しっぱなしにするのはナギの好みではなかったが、シャーリーはほとんどただの犬のように、店になじんでいた。
影のように寄り添う黒犬を引き連れ、渋々と言った体でカイトと共にナギが出て行ったあと、カップを片付けながらリアは考える。
ナギはどのように、呪いを受けたのだろう。その相手は誰なのか。
聞いても答えてはくれない気がした。
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