冬さんは人気者になりたい

秋雨千尋

隣の芝生は青いから

 振り向くとそこには冬さんが居た。

 私はカレンダーを見て、まだ九月であることを確認してから彼に声をかける。


「出勤日は二ヶ月後ですよ」


「君にどうしても頼みたい事があって来た」


 私は彼と会議室に行き、ポットのお湯を使ってお茶を淹れた。お茶請けとして葡萄と梨も付ける。

 彼は熟れたシャインマスカットを手にしたまま、ため息をついた。


「やはり君はいいな……」


「何がですか」


「先日発表された四季人気ランキングを見ただろう。君と春が一位争いをして、次に夏。大差をつけて僕がビリだ」


「冬さんには、みんな大好きクリスマスとお正月があるじゃないですか」


「行事が人気なだけだ。僕自身の魅力じゃない。雪、氷、モチで人を殺す物騒なやつさ」


「そんな──」


「海、川、熱中症で人を殺す、虫の楽園である夏にすらまるで歯が立たん」


「悪意を感じる」


「夏は恋の季節だからな、ハッ、くだらん」


 真面目な冬さんは、チャラチャラした夏さんが嫌いだ。スイカもカキ氷も絶対に食べない。


「食欲の秋、芸術の秋、読書の秋、とキャッチフレーズが豊かで、気候が穏やかで過ごしやすく、松茸も採れる。暑さ寒さの間でホッとする」


 そんなにいい事ばかりではないと思ったが、冬さんは真剣に悩んでいるので口をつぐむ。どうすれば人間に好かれるかと相談された。

 私はしばらく悩んだ。

 そうしてポンと手を打つと、嫌がる冬さんを引っ張って夏さんのデスクに向かった。


「オレの暑さを貸してほしい? アッキン面白いこと言うね。いいよ代わりに水着でデートしよ」


「秋ファッションはコートにブーツが基本なので」


 水着の代わりに栗ご飯と秋刀魚の塩焼きを振る舞って暑さを貸してもらった。

 桜餅を頬張りながら現れた春さんも、秋刀魚をつまみ食いしている。

 今年の秋がギンギンに暑ければ、次の冬さんが好かれるだろうと言う作戦だ。冬さんは涙を浮かべて「ありがとう」と言った。


 猛暑秋の果てに出勤した冬さんは、十一月から二月までの任期を終えて、私にみかんとフグ鍋セットを持ってきてくれた。

 さぞかし人気が上がっただろうと思いきや、彼は泣き腫らした目で悲しそうに言った。


「すまない。僕は自分の事しか考えていなかった。他の季節が恵まれていると勝手に羨んで、すまなかった」


「何があったんですか」


「人間たちにものすごく怒られた。“今年はなんなんだ、気候がめちゃくちゃで何でも不作。商売上がったりだ。はあ、まったく……特に、


 この冬の残暑は酷かった”」



 終わり。

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冬さんは人気者になりたい 秋雨千尋 @akisamechihiro

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