第64話
「ユワさんはもう、わたくしの頭の中にしかいらっしゃいませんわ。
それも、知識や記憶、経験といったものだけで、ユワさんの人格や精神、魂といったものは、わたくしの頭の中にも存在しませんの」
タカミがショウゴに言えずにいたことを、レインは彼の代わりにショウゴに告げてくれた。
「なんだよ、それ……どういうことだよ……」
ショウゴはやはり簡単には受け入れられないようだった。
「ショウゴくん、ユワはね、やっぱり4年前のあのときにすでに死んでしまっていたんだよ」
「タカミさんまでなんだよ!? じゃあ、あの新生アリステラの女王は一体何なんだよ!? どう見たってユワじゃないか!!」
「あれは、ユワさんの遺体を千年細胞で蘇生させ、新生アリステラの復興の象徴として担ぎ上げられただけの偽りの女王に過ぎませんわ。
ユワさんの知識も記憶も経験も人格も、あの体には宿ってはいないんです」
「嘘だ! 俺は信じないぞ。
だってユワは生きてるんだ。レインさんが持ってるっていうユワの記憶の方がおかしいんだ」
「ショウゴさんは、わたくしやユワさんのように女王になる資格を持っていた返璧マヨリさんや破魔矢リサさんをご存知のはずでは? あなたはふたりの死にいあわせていたと、わたくしの中のふたりの記憶にあります。
わたくしの頭の中に、亡くなられたマヨリさんやリサさんの記憶があるように、ユワさんの記憶がある以上、ユワさんは身体は蘇生されていても、その精神や人格、魂といったものはすでにお亡くなりになっているということなのです」
「嘘だ……信じない……」
ショウゴは、レインに突きつけられた残酷な真実を受け入れられず、思考停止に陥っていた。
「では、実際に彼女に会って確認してみますか?」
レインはショウゴにそう言うと、
「新生アリステラの城、城塞戦車キャッスルチャリオットの女王の間に繋がるゲートを作ります」
タカミの部屋の中にゲートを開いた。
ゲートは無色透明で、そこには一見何もないように見えた。しかし、よく目を凝らすとその後ろにあるインテリアがゆらゆらと揺れていた。
ゲートとは陽炎のようなものだった。
門や扉の形はしておらず、人がひとりかがめば通れるくらいの大きさだった。
「あのまがい物の城塞戦車が、歴代の女王の記憶と同じ構造に作られているとしたら、この先はもう女王の間です。
彼女がユワさんなのか、そうでないのかは、ショウゴさん自身が見極める必要があるでしょう?
行って確かめてきてはいかがですか?」
彼女の言う通り、ショウゴがユワの死を受け入れるには、女王と直接対峙するしかなかった。
だが、まだ早すぎる。
「おいおい、まだこっちは魔導人工頭脳を初期化が終わってないぞ」
「わたくしの方の作業はすぐに終わっていますわ。あとはタカミさんの作業が終わるのを待つだけですから。わたくしもショウゴさんに同行致します」
今のショウゴをひとりで行かせるのは、あまりに危険だ。だからレインが同行を願い出てくれたのはありがたかった。しかし、だ。
「でも、あの城塞戦車の中にどれだけの兵がいるかもわからない。人造人間兵士がいる可能性だってあるだろう?」
「そうですわね」
それに対しこちらはわずか3人しかいないのだ。タカミは戦闘になれば全く役に立たない上、一条もアンナももういない。増援は誰一人見込めないのだ。
一条の体を奪った遣田ハオトの動向も気にしなければいけなかった。
「今はぼくが人造人間兵士たちの魔導人工頭脳を初期化し、君が作り出したアリステラの歴代の女王たちの記録をインストールすることを優先すべきじゃないか?」
「ええ、それは一刻も早くお願い致しますわ」
魔導人工頭脳に彼女たちの人格が生まれるかどうかは運次第といったところだが、少なくとも人造人間兵士たちを無力化することはできる。城塞戦車や飛翔艇もだ。
どう考えても、まずは世界中の被害を最小限にとどめることが先決だった。
人造人間兵士たちにアリステラの歴代女王たちの人格が生まれるか生まれないかで、こちらが取るべき作戦はまったく異なるものになる。
それを確認してから作戦をきちんと立てるべきだった。
だが、どうやらレインは本当に、ショウゴを新生アリステラの女王の前に向かわせるつもりのようだった。
ショウゴにユワの死を受け入れさせること。
それがショウゴだけではなく、彼女にとっても最優先事項のようだった。
レインはその場でエーテルを結晶化させると、ショウゴが愛用していた拳銃やサバイバルナイフ、ガンベルト、雨合羽を作った。
さらに、昨日エーテルを結晶化させ作り出した日本刀「白雪」に、鞘をつけてショウゴに渡した。
日本刀は、銃が発明されるまでは世界最強とまでうたわれていた武器だ。それを結晶化したエーテル=ヒヒイロカネから精製した白雪は、剥き身のままではたとえ持ち主に斬るつもりがなくとも、触れたものをすべてを真っ二つに引き裂いてしまいかねない切れ味を持っていた。
刀の鞘は、刀を納めるだけでなく利き手ではない方に持つことで、盾の代わりにすることめできれば、鈍器として扱うこともできるものだ。当然レインは白雪の鞘もまたヒヒイロカネで作っており、それは最強の盾であると同時に、叩けば相手の骨や肉を潰し、突けばその体を貫通するほどの破壊力を秘めた恐ろしい鞘だった。
「ゲートの先は女王の間かもしれませんし、そうではない可能性も十分に考えられます。
女王のそばには親衛隊のような人たちがいるかもしれませんし、新生アリステラの兵士たちに囲まれてしまうこともあるでしょう。
その人たちは皆、結晶化したエーテル、ヒヒイロカネの武具で武装していると思います。
ショウゴさんのいつもの拳銃やサバイバルナイフでは、ヒヒイロカネの武具には傷ひとつつけることはできません。
わたくしが作った武具がきっと役に立つはずです」
ショウゴは彼女の言葉にうなづき、それらを受けとると、すぐに身につけはじめた。
タカミにはもう、ふたりを止めることはできそうになかった。
ショウゴは本当にゲートをくぐってしまった。
「タカミさん、後はお願い致します」
レインもまた彼に続いてゲートをくぐり、
「ゲートはそのままにしておきますわ。タカミさんも作業が終わり次第こちらに来てくださいな」
そう言うと、彼女も陽炎の向こうに消えた。
数分後、タカミと彼のハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」は、新生アリステラの人造人間兵士たちの魔導人工頭脳のハッキングに成功した。
人造人間兵士たちの魔導人工頭脳が、人間の脳のようにもしスタンドアローンな存在であったなら、ハッキングすることはできなかっただろう。
だが彼らはエーテルを代替品とした電波によって常に互いの情報を共有しており、戦闘経験などの並列化を行っていることがわかった。だからハッキングが可能だった。
どうやら彼らは、まだ5、6年ほど前に完成したばかりの兵器のようで、完成当初は新生アリステラの兵たちを相手に戦闘訓練を行っていたようだ。
タカミは兵士たちはヤルダバに住む人々だとばかり思っていたから、魔導人工頭脳に映像として記録に残っていたそのひとりひとりの戦闘力の高さに驚かされた。皆、素手で人を簡単に殺せるほど、相当に戦闘の訓練を受けた殺人のエキスパートばかりだった。
それもそのはずで、映像記録にあった兵士たちの顔をさまざまなデータベースで照合させてみると、彼らが相手にしていたのは、皆「九頭龍獄(くずりゅうごく)」という、国際過激派テロ組織の元メンバーばかりだった。
かつてタカミが一条ら公安の刑事らと共に壊滅させたテロ組織の残党が、新生アリステラの設立に深く関与していた。
おそらく、ユワの遺体を輸送中だった飛行機をハイジャックしたのも、彼らの仕業だったのだろう。
ユワや小久保ハルミ、千のコスモの会だけでなく、タカミや一条と新生アリステラとの間には、偶然とは思えないほどの関連性があった。これが因縁というやつだろうか。腐れ縁かもしれなかった。
人造人間兵士たちはその後、災厄の時代に入ってから世界各地で起きた戦争に、人工皮膚をつけた状態で傭兵として参加し、訓練ではなく実戦経験を積んでいたようだ。
魔導人工頭脳が常に共有し並列化する情報は、飛翔艇オルフェウスの操縦や戦闘を補助する魔導人工頭脳に送信され、その情報はさらに城塞都市キャッスルチャリオットの魔導人工頭脳へと送信されていた。
城塞都市の魔導人工頭脳がマザーコンピュータの役割をしており、すべての情報を管理し、バージョンアッププログラムの製作まで行っているようだった。
それだけでなく、そのマザーコンピュータは新生アリステラのすべてにおける意思決定権を持っていた。
マザーシドと呼ばれるそのコンピュータは、この4年間のあらゆる災厄において、疫病や天変地異を起こす場所を決めていた。
タカミが知るだけで最低でも5人はいた女王の資格を持つ者たちの中から、ユワを選んだのもマザーシドだった。
心の奥底から沸き上がってくる怒りを抑えながら、
「くたばれ」
タカミとディローネにそのすべてを初期化させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます