第65話
新生アリステラの人造人間兵士の魔導人工頭脳に、アリステラの歴代の女王や女王となる資格を持っていた人々の知識や記憶、経験をインストールしても、その記録の持ち主の人格が魔導人工頭脳に現れることはなかった。
人造人間兵士たちは魔導人工頭脳を初期化された段階で活動を停止し、人類の虐殺を止めた。
飛翔艇や城塞戦車もまたその活動を停止した。
城塞戦車の活動停止は、パソコンのモニターに映る気象衛星の映像からしかわからなかったが、この数日間超巨大台風の目の中にあったそれは、台風の消滅と共にその姿をあらわにした。
城塞戦車の魔導人工頭脳は、すべての魔導人工頭脳と新生アリステラ自体の管理者であると同時に、新生アリステラの真の女王と言っても過言ではなかった。
新生アリステラにおけるすべての事象の決定権はマザーシドにあり、あらゆる災厄を起こしていたマザーシドが活動を停止したことにより、エーテルによって引き起こされていたに過ぎなかった台風は霧散し消滅してしまったのだろう。
その姿があらわになった城塞戦車は、現在は新生アリステラ、過去にはヤルダバという中東の一国の首都そのものの大きさがあり、タカミが想像していたよりもはるかに巨大だった。
こんなものに蹂躙されたら、10万年前の人類も、アリステラが元々存在した世界の人々もひとたまりもなかっただろう。
日本に例えるなら、東京都がまるごと城塞戦車になっているようなものだったからだ。
アジア上空を飛んでいた巨大な空中戦艦である飛翔艇がゆっくりと落下していく様子は、タカミは気象衛星の映像ではなくマンションの窓からその目で見た。飛翔艇もまた、雨野市からその姿が確認できるほど巨大な戦艦だった。
それは本来見えるはずのないものだった。地球は丸く、どれだけ巨大な戦艦であったとしても、アジア上空にあるものを彼が視認することはできないはずだった。ましてやここは雨野市だ。一年中雨が降り続けるこの街から視認できるはずがなかった。
飛翔艇は常識や物理法則といった世界の理を超えた存在だった。
人造人間兵士たちに歴代の女王たちの人格が現れてくれば、自分たちの味方になってくれるかもしれない、新生アリステラを敵と見なし飛翔艇や城塞戦車を破壊してくれるかもしれない、というのが、レインの考えたある種ギャンブルに近い作戦であった。
魔導人工頭脳はあくまで操縦や攻撃の補助をする役割であったから、飛翔艇や城塞戦車は、人の手によって再び動き出すかもしれない。
だが、これでよかったのかもしれないとタカミは思った。
一度死んでしまった人を、その死体を蘇生させたり、保存していたりデータ化していた脳にクローン体を与えたり、機械の体を与えて蘇らせるという行為を、タカミは否定するつもりはなかった。
クローン人間や不妊治療といった科学や医学を、人の命を産み出していいのは神だけだと言って否定する者がいるが、神という存在自体、劣悪で傲慢な人が生み出した抽象的概念的存在に過ぎない。神とは、新生アリステラの言う野蛮なホモサピエンスが、自らに似せて作った想像上の存在でしかないのだ。
だからレインの父に「劣悪で傲慢な神」と称されてしまったのだ。そもそもレインの父の思想は、プラトンの著作「ティマイオス」に登場する世界の創造者・デミウルゴスから拝借したものに過ぎなかったわけだが。
そのような神にいつまでも縛られているのは窮屈だし、ナンセンスだとタカミは思っていた。何よりどこまでが医療行為として認められ、どこからが神への冒涜なのかを決めるのは神ではなかった。あくまで人間の倫理観であり、その倫理観も国や時代によって変わってしまう不確かなものでしかないのだ。
タカミは、死者を蘇らせるという行為自体は否定しないが、生者が自分勝手な理由から死者を蘇らせることだけは、やはり許されないだろうと思う。
死者が生前に蘇らせてほしいと願っていたのなら、その行為は許されるだろう。
誰が許し誰が許さないのか。それは神などではなく、タカミ自身だ。
だから、これでよかったのだと思った。
タカミもまたゲートをくぐることにした。
彼がパソコンのモニターの前から離れるのをアリステラの歴代の女王たちが今か今かと待っていたことなど、彼は思いもしなかった。
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