第62話

 オルフェウスによる空襲が、新生アリステラの城塞戦車キャッスルチャリオットから比較的近いヨーロッパやロシア、中国、アフリカで始まった。

 アメリカや南アメリカ、オーストラリア、そして南極には、まだオルフェウスはたどり着いていなかったが、それも時間の問題だろう。


 だが、タカミには不思議だった。

 アフリカやアメリカ、南アメリカ、オーストラリア、南極に向かうオルフェウスが一機ずつであるのに対し、いくらユーラシア大陸が広大とはいえ、ヨーロッパ、ロシア、中国と3機もオルフェウスを投入しているのは、どう考えても不自然だった。


 城塞戦車自体もヤルダバからまっすぐ東に向かっていた。中東を超えればその先にあるのは中国だ。

 わざわざオルフェウスを一機中国に割く理由が見つからなかった。

 だが、その目的が中国やモンゴル、朝鮮半島の制圧だけではないのだとしたら、そこに一機割く理由は明白だった。


 雨野市だ。


 雨野市にいるレインの抹殺が、その一機の本当の目的なのだ。


 4年前、ユワがその死の間際に発現させたという天候を操る能力によって、雨野市は決してやむことのない雨が降り続けるという災厄の中にあった。

 そのため、雨野市では疫病が流行せず、巨大地震が起きても一切揺れることがなかっただけでなく、津波でさえ避けて通るほど、ユワが起こした災厄は雨野市を他のあらゆる災厄から守ってくれているという。


 巨大地震や大津波は、アリステラの歴代の女王や女王となる資格を持っていた10万年にわたる人々の知識や記憶、経験を受け継いだことで、おそらく「アリステラの真の最後の女王」となったレインを始末するためだけに、日本という島国ごと彼女を葬り去ろうとした可能性が高かった。


 新生アリステラは、まがい物のエーテルで引き起こす災厄では、レインどころか雨野市さえも破壊できないと知ったのだ。

 災厄ではなく、アリステラの軍事力を再現した圧倒的な武力によって、今度こそレインを抹殺しようと考えたのだろう。

 アリステラの目的は巨大地震のときからあくまでレインひとりの抹殺であり、そのために日本列島とそこに住む人々を犠牲にしたが、今度は世界中を軍事力で制圧することを隠れ蓑にし、彼女を抹殺するつもりなのだ。


「まるで4年前のようですわね」


 レインはぽつりと言った。ユワのときのことを言っているのだろう。


「わたくしには、新生アリステラが『残された30億あまりの人々の命を人質にとり、わたくしを差し出せば世界中への攻撃の手を止めてもいい』、そう言っているように見えますわ」


 事情を知るレインやタカミ、ショウゴにとっては、確かによく似ているようにも感じられた。

 だが、すでに海の中に沈められたいくつかの国々に住んでいた人々や日本人たちも、今まさに圧倒的な軍事力により蹂躙されている世界中の人々も、女王の放送を観た者でさえ一体何が起きているのかさえよくわからないまま殺されてしまっているだろう。


「今レインさんを差し出したところで、人類が滅びるのが少し先延ばしになるだけだよ。

 逆に、ユワのときのように、またひとりの少女の命を犠牲にして、自分たちだけは助かろうと考えるのかって、難癖つけてきそうだし、あの人たち」


 それに、新生アリステラの魂胆はすでに見えていた。


「あら、ショウゴさん、わたくしはもう少女ではありませんわ」


「女の子はいくつになっても女の子だってユワが言ってた。わたしがおばさんになってもお姫様扱いしてねって」


 ショウゴの言葉に、レインの表情が一瞬曇った。


「あ、それ、ぼくもよく言われてたわ」


 タカミはその表情の変化を見逃さず、何とか笑える話にしようとしたのだが、ふたりとも笑わなかった。


「シスコンが過ぎますわ」


「ホントに」


 呆れられてしまった。



 タカミは気を取り直し、パソコンを操作して別のモニターに世界中の監視カメラの映像を次々と映し出した。


 オルフェウスから投下されているのはエーテルを主原料とした「魔導弾」だけではなかった。ヒト型のアンドロイドのようなものが見えた。

 それらは、人工の皮膚こそまとってはいなかったが、ターミネーターのあの有名なポーズを思わせる姿勢で地面に着地すると、すぐに立ち上がり周辺にいた人々の虐殺を始めた。


 空を飛び、レーザーかビームのようなものさえ手から発するそれらは、ターミネーターというよりは、ウルトロンのようだった。

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