第61話

 2026年10月31日に起きたのは、巨大地震と大津波による日本列島の分断や水没だけではなかった。


 ヤルダバの首都アルコンに存在した、翡翠色の巨大な建造物を台風の目とする超巨大台風が移動し始めたのだ。

 移動したのは台風だけでなく、翡翠色の巨大な建造物は常に台風の目の中にあり、台風と共に移動していた。


「新生アリステラは、アリステラの『城塞戦車キャッスルチャリオット』をまがい物のエーテルで再現していたのですね」


 タカミのパソコンのモニターに映るその映像を見たレインはそう言い、


「アリステラが元々存在した世界で、2つの大陸を蹂躙した、戦車のように移動可能なアリステラの城ですわ」


 何が起きているのかわからず、ぽかんとしているタカミとショウゴに、10万年前の女王の記憶を引き出してタカミたちに説明した。



 アリステラが存在したのは実際には異世界などではなく、地球から56億7000万光年離れた銀河にあるひとつの惑星だったという。


 その軍事力に絶大な自信を持っていたアリステラは、他国へ侵略する際、常にその国の軍事拠点や首都、主要都市すべての制圧が成功することを前提に考えていたそうだ。

 制圧後に他国のそれらを利用して新たに部隊の補給などが可能な拠点を作り、さらなる侵略の準備を整えるわけではなく、それらすべてを完膚なきまでに叩き潰すことで一切の抵抗もできなくするようにする。

 そして、アリステラの首都機能そのものを常に最前線に移動させ、周辺諸国に防衛のための時間を与えることなく、さらなる侵略をすぐにでも開始できるように作られたのが、この「城塞戦車」だということだった。


 日本の戦国時代に例えるなら数万の兵だけでなく、城そのものが移動しながら攻撃してくるだけでなく、兵たちが食糧や水、物資の補給をも行いながら攻めこんでくるようなものというわけだ。

 戦車のように移動可能な城を作れたのは、どんな金属よりも硬く軽い結晶化したエーテルが存在したからであり、それを活かせるだけの技術があったからこそできたことだが、考えることがかの第六天魔王よりも恐ろしかった。一体どちらが野蛮なホモサピエンスなのかもはや怪しかった。


「キャッスルチャリオットが完成しているなら、その操縦や攻撃を補助する『魔導人工頭脳シド』の再現にも成功しているはず……

 まさか、『飛翔艇オルフェウス』や『人造人間兵士サタナハマアカ』も……?」


 アリステラには城塞戦車による陸からの蹂躙だけでなく、オルフェウスと呼ばれる戦艦級の大きさを誇る飛翔艇が量産され、空からの爆撃による蹂躙も行われていたそうだ。

 戦国時代に浮遊する巨大な戦艦がいくつも現れ、空襲を受けたならひとたまりもなかっただろう。太平洋戦争時や現代に起きたアメリカによるアフガニスタンやイラクでの戦争、ロシアによるウクライナ進攻でさえ、戦闘機やドローンによる空襲は恐ろしいものであったのだ。


「俺、新生アリステラは、てっきり天変地異や疫病だけで人類を滅ぼすつもりだと思ってた」


「ぼくもだよ。だけど、どうやら本気を出してきたみたいだな」


 新生アリステラの戦略の急な変更には何か理由があるはずだった。

 その理由はもしかしたらレインにあるのかもしれなかった。


 彼女は今、アリステラの歴代の女王や女王となる資格を持っていた者たちの10万年に渡る知識や記憶、経験を持っている。

 それは昨日の夜までの彼女にはなかったものであり、タカミたちは歴代の女王たちが新生アリステラの女王であるアリステラピノアではなく、レインを真の女王に選んだからではないかと考えていた。


 だからこそ、新生アリステラは巨大地震と津波により、日本という島国ごと彼女を消そうとしたのではないだろうか。

 だが、彼女やタカミたちがいる雨野市だけは、その厄災を免れた。


「追い詰められているのは、ぼくたち人類ではないのかもしれないね。

 野蛮なホモサピエンス相手になりふりかまってられないほど、新生アリステラは追い詰められているんだ」


 でも、誰に?


 タカミたちのそばにいる、たったひとりの女の子に。


第9話 第6話

 台風の目の中で、キャッスルチャリオットの最上部が切り離され、超巨大台風よりもさらに高い高度に打ち上げられたのが、気象衛星の映像から確認できた。

 打ち上げられた最上部は、空中で8つに分離し、その姿を戦艦のような形に変えた。


「やはり、飛翔艇オルフェウスも再現していたのですのね」


 それらのうちの2機は、ロシアや中国に向かい、その他はヨーロッパやアフリカ、アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、そして南極へと向かっていった。


「南極に向かっても意味がないと思うけど。南極調査隊とか南極料理人ももういないでしょ?」


「永久凍土を溶かして、世界中に大洪水を引き起こすつもりなんだろう。あの氷の中には未知のウィルスも眠ってる」


「それはちょっと困るね。レインさん、アリステラには核兵器みたいなものもあるの?」


「あれは、20世紀初頭のこの世界にはエーテルが存在しなかったため、アリステラの民の末裔であるヤルダバ人の科学者たちが、アリステラの魔法(エーテライズ)を模して作ったものに過ぎませんわ」


 それはつまり核兵器とは異なるが、同等かそれ以上の大量破壊兵器が存在していたということだった。


「アリステラにはかつて『エーテリオン』という大量破壊魔法が存在しました。

 アリステラの父・ブライと、第43代女王ステラの妹である大賢者ピノアにしか使えなかった魔法ですが」


 まだアリステラが、地球からはるか遠く離れた惑星に存在していた時代の魔法だという。


 エーテルは、この世界において、アリステラと共に転移してきたもの以外は存在しなかったか、いまだ発見されていないだけであり、アリステラが存在した世界では酸素や水素と同じように、万物の根源をなす究極的要素である元素のひとつに過ぎなかったという。

 アリステラでは、エーテライズによって、エーテルの原子核をあえて不安定な状態にし、自発的に分裂するようにすることで電力や電波に変えており、その応用としてブライが産み出した大量破壊魔法がエーテリオンであり、ピノアが産み出したそれ以上の破壊力を持つ魔法が『サンドリオン』と呼ばれていたという。


 小久保ハルミが千年細胞から作り出し、今この世界の大気中に存在するエーテルは、エーテライズによってあえて不安定な状態にしなくとも電力や電波として大気中に存在するだけで扱うことができた。

 だからレインは、ハルミが作り出したエーテルをまがい物と呼んでいたようだ。


「そのエーテリオンやサンドリオンという魔法は、この世界でいう、超ウラン元素とかの不安定な原子核を自発的に分裂させた、プルトニウム240を使った核兵器に似てるな」


 先ほどレインが言ったように、ヤルダバの科学者たちが似せて作ったのだから、彼女にしてみれば当然のことだっただろう。


 ハルミならば、エーテリオンを再現することはおそらく容易いだろう。彼女自身がエーテルの扱いに長けているとは思えないが、科学的なアプローチで再現することはできるはずだ。

 もっとも、プルトニウム240による核兵器の製造は技術的には不可能ではないが、非常に困難であるとされており、核兵器本来の爆発力が発揮されない形の核爆発である不完全核爆発を起こしかねないように、ハルミのまがい物のエーテルではエーテリオンの完全再現はできないような気もした。


「純正のエーテルを用いたエーテリオンには、大陸ひとつを簡単に吹き飛ばしかねない破壊力がありました」


 ぞっとした。

 そんなものをたとえ不完全な再現であったとしても南極に撃ち込まれでもしたら、永久凍土など簡単に溶けてしまうだろう。


「あんたはそれを相殺したりできないのか?」


「わたくしの頭の中には大賢者ピノアの知識や記憶、経験がありますから、エーテリオンやサンドリオンを再現すること自体は可能です」


「再現することはできるが、まがい物のエーテルで、女王となる資格すら持たない者が行うエーテリオンに一体どれだけの威力があるかわからない、か」


「ええ、相殺するどころか、わたくしのエーテリオンが南極大陸を破壊してしまいかねませんわ」


 エーテリオンを撃たせる前に、新生アリステラ自体を壊滅させるしか、もはや世界の滅亡を止めるすべはないような気がした。

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