第24話
それにしても、一体なぜ自分に人の心が読めるようになったのだろう。ショウゴはふと疑問に思った。
しかも、今日からだ。
一条ソウマとの戦闘の中でその兆しが現れ、鳳アンナとの会話の中で完全にマスターできた。
「きっとエーテルという万能物質が原因でしょう」
エーテルは電力や電波の役割を果たすだけでなく、炎や氷、土、風、雷に変えることができる。天変地異さえも起こすことが可能であり、それはこの世界の人間には魔法のように見えるだろう。
確かにあの放送でアリステラの女王が言っていた。
放送はアリステラの言葉で行われていたが、なぜか世界中の人間がそれを理解できた。
アリステラが小久保ハルミと共に産み出したエーテルが、世界中の大気にすでに含まれており、血液によって酸素と共に脳に運ばれているため、脳内のエーテルが一定量を超えると、自動的に多言語を翻訳するからだとも言っていた。
それだけのことが可能になるのならば、脳にエーテルがあれば心を読むことができるようになってもおかしくはない? のだろうか。
まさか世界中の人間が? とショウゴは思ったが、アナスタシアの顔を見ると、
「ショウゴさん、殿方にそんなに真剣な眼差しで見られると、わたくし困ってしまいますわ」
ふたりの会話を全く理解していない様子で、また何か勘違いしてらっしゃったから安堵した。
「このように、アナスタシア様のお顔がすべてを物語っているわけですが」
「そうですね」
「なんですの!?アンナ、なんですの!?アナスタシアが何か悪いことをしましたか!?」
「してないですよー、大丈夫ですよー。でも、もうちょっと静かにしていましょうねー」
アンナのアナスタシアへの扱いがどんどんひどくなっていた。
「私は、世界中の人間が人の心を読めるようになったわけではないと思います。
ですが、何らかの能力に目覚めた人が大和さんの他にもいる、そう考えておいた方がいいでしょうね」
あくまで可能性の話ではあるが、だとしても厄介な話だった。
その能力者がアリステラの側についたら、ショウゴやタカミの敵になるのだから。
「もしかしたら、アリステラは人類の中から何らかの能力に目覚める者がいるとわかっていたのかもしれない」
「10万年前は、ネアンデルタール人らを味方につけたと言っていましたね。
今回は人類の中から能力者を味方に引き入れるつもりかもしれませんね」
それは本当に厄介な話だ。
ショウゴは大きくため息をついた。
「能力の覚醒には、エーテルだけでなく、何かきっかけのようなものが必要なのかもしれません」
アナスタシアの言葉に、ショウゴの頭には一条との戦闘が真っ先に浮かんだ。
「命のやりとりをするような極限状態ならば、確かにありえそうですね。
それに、その直後に同じ能力を持つ私と出会ったことも意味があったのかもしれません」
どうやらそう考えて間違いなさそうだ。
「ショウゴさんと今日出会ったのはアンナだけじゃありません。アナスタシアだって……んがんぐ……」
アンナさん、さすがに教祖様の娘さんの口に手を突っ込むのはやりすぎ……なっ、腕まで入ってるだと……
見てはいけないアナスタシアの顔を見てしまったが、ショウゴは気を取り直し話を再開することにした。
「アンナさんはいつから?」
「わたしの場合は10年ほど前からでしょうか」
「随分早いですね」
「時期は早いかもしれませんが、私にできるのは人の心を読むことだけなのです。
千里眼も未来予知も、潜在意識の増幅も他者の肉体への憑依もできません……」
能力の覚醒は、漫画やゲームにありがちな、ひとりにつき一能力、ということだろうか。
違う気がした。
少なくとも教祖様、朝倉現人に天啓を与えていた人物は複数の能力を持っていたはずだ。
小久保ハルミがアリステラから誘いを受けたのが大体13年前。
千年細胞を元に、アリステラのエーテルを再現したのは、おそらくその1年後か2年後だろうから11、2年前だろう。
アリステラの女王は、4年前のあの日から降り始め、決して降り止むことのないこの街の雨や、世界各地で起きている局地的な大雨がエーテルを生んでいると言っていた。
だが、それ以前から小久保ハルミが再現したエーテルは大気中に存在していたということだろう。
そう考えれば、アンナが人の心を読めるようになった時期と矛盾はしない。
いや、アンナは矛盾しなくても、矛盾する能力者が確実にひとりいる。
13年前に首相暗殺テロ未遂事件を千里眼や未来予知によって阻止し、それ以前から天啓という形で朝倉現人と千のコスモの会を意のままに操っていた人物だ。
「確かに小久保女史が再現したエーテルがまだ存在すらしない時代から、我が教祖は天啓を受けていました」
教祖様が天啓を受けはじめたのは、二世信者であるアンナが生まれる前からだという。30年前にはもう天啓を受けており、爆発的に信者を増やしていたらしい。
「どういうことなんでしょうか?」
アリステラとは別に、エーテルを操る存在がいるのかもしれない。
その存在、シンギュラリティとアリステラの関係は不明だが、少なくとも人類の味方でないことは確かだった。
アリステラは4年前、野蛮なホモサピエンスに対し、ひとつの選択を迫った。
その結果、エーテルを雨と共に世界に撒きはじめたというのが本当なら、アンナの能力はその別の存在が持っていたか作り出したかしたエーテルに似た何かによって、与えられたもの、という可能性があった。
それは、つまり、
「私の能力は、我が教祖や教団をカルト教団と死刑囚に貶めた存在に与えられた……?」
ということになる。なってしまう。
アンナの顔が青ざめていた。身体が小刻みに震え、目に涙を浮かべていた。
「まだそうだと決まったわけじゃないです」
ショウゴが慌ててアンナをフォローしようとすると、
「ねぇ、アンナ。さっきからずーっと、ふたりの話がよくわからないのだけれど、それってこういうことなのかしら?」
アナスタシアがそう言って、アンナの興味を自分に向けた。
彼女は手のひらをロビーの窓の方に向けていた。
その手のひらに翡翠色の光が集まり、テニスボールほどの大きさになっていく。
「アナスタシア様……?」
「それ、何かな……うん……アナスタシアさん……それ、何だろうね……」
どう見てもエーテルだった。
アナスタシアの手のひらに集束され、テニスボール大の球体に凝縮されたエーテルは、ボッという音と共に炎を上げて燃え上がった。
火球は縦3メートル横2メートルはあるであろう大きな窓に向かって飛んでいく。
「アンナさん、なんかやばそうですよ……」
「アナスタシア様、大和さん、伏せて!」
「え? 全然だいじょうぶだと思うんだけど?」
ショウゴとアンナは、嫌がるアナスタシアに覆い被さるようにして、ソファーを盾に身を伏せた。
その瞬間、轟音と共に窓が割れ、マンションの前にあった大きな木が一本、一瞬で全焼した。
その光景をアンナとショウゴは呆然と見ていた。
アンナとアナスタシアに怪我はない。自分もどうやら大丈夫そうだ。
安堵するアンナとショウゴを尻目に、アナスタシアはふふんと鼻を鳴らして立ち上がった。
「今のはメラゾーマではない。メラだ」
何故か勝ち誇った様子だったが、
「アナスタシア様! あなた一体どこの大魔王様ですか!?」
「だってだって! 何だか出来そうだったんですもの!!
一度でいいから言ってみたいセリフのナンバー8だったんですもの!!」
アンナに思いっきり叱られると、目に涙を溜めて、そう反論した。
というか、まだ上に7個もあるのか。全部大魔王クラスのセリフでないことを祈るばかりだった。
二度と生き返らぬよう、そなたらのはらわたを食らい尽くしてやろう、とかは本当に怖い。やめてほしい。
世界の半分をくれてやろう、くらいが丁度いい。
「まったく……いつからそんなすごいことできたんですか?」
「え? 物心ついたときからずっとだけど? 知らなかった?」
「知りませんでした。すみませんね!」
今までアンナに能力を見せなかったのも、今になって見せる気になったのも、きっとアナスタシアなりの優しさなのだろう。
アンナの顔に笑顔が浮かんでいた。
トラックがマンションの一階ロビーに突っ込んできたのは、アンナの顔に笑顔が浮かんだ瞬間のことだった。
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