第23話

 教祖様の言うシンギュラリティ、特異点とは、彼の千里眼や予知能力では見えない、予知できないイレギュラーな存在となる人物を指していたという。


「我が教祖曰く、私の存在もまたシンギュラリティだと」


「つまり、アンナさんのように、他者の心を読むことができる人間が、シンギュラリティ?」


 彼女と同じ能力を持つ自分もまた、シンギュラリティだということか。


「そうですね。私だけでなく大和さんもまたシンギュラリティということになるでしょう。

 ですが、正確に言えば、他者の心を読む力だけではなく、千里眼や予知能力をはじめとする様々な特殊な能力を持つ人間全般を指していたのだと思います」


 それならば、教祖様もシンギュラリティだったということになる。


「私もそう考えました。

 ですが、我が教祖は自分はシンギュラリティではないと」


 よく意味がわからなかった。教祖様は特殊能力を持っていたのではなかったか。

 アンナの隣には興味深そうにふんふんと話を聞くアナスタシアがいたが、彼女にも理解できているとは思えなかった。


「ええ、アナスタシア様は全く理解できていません」


 やっぱりか、アナスタシア。


「がびーん」


 リアクションが古いぞ、アナスタシア。かわいいけど。


「我が教祖によれば、私があなたの心を読み、あなたもまた私の心を読むことができるように、シンギュラリティの能力とは一方通行のものではなく、相互に干渉が可能なものである、と」


 やはりよくわからない。

 つまりはこういうことだろうか。



 まず、教祖様が千里眼や未来予知を行い、それに基づき、幹部たちによりテロが計画された。


 しかし、警察関係者の中に未来予知能力を持つ人物がいたため、テロが起きる日時や場所が予知できた。

 だからその人物は、暗殺対象者の行動を変えることができた。


 その人物を仮にSとしよう。シンギュラリティ(singularity)だからだ。


 さらにSは、テロの首謀者が教祖様であることまでわかっていた。

 それが未来予知の範疇なのか、Sもまた千里眼の持ち主だったのかまではわからない。


 それに対し、教祖様は千里眼や未来予知で、Sの存在や教祖様が予知した未来が変えられていることを見ることも予知することもできなかった。


 教祖様の能力はあくまで一方通行のものでしかなかったためであり、Sの教祖様の能力さえ予知した相互干渉可能な能力には敵わなかった。



「そういうことになりますね」


 一応、理解はできていたようだ。


「シンギュラリティとは、先天的に持つ能力や、後天的に得た能力を自らの意思でコントロールすることが可能な者のみを指すのです。

 我が教祖は確かに千里眼をお持ちであり、未来を予知されることも可能でした。他にも様々な能力をお持ちになっていましたが」


「自分ではその能力をコントロールはできなかった?」


「ええ、千里眼や未来予知は、あくまで天からの啓示のような形でしかなかったと」


 至高神の化身を自称する現人神が聞いて呆れる話だった。


 だが、生前の偉業からはどう考えてもありえない内容の「偉人の霊との対話本」を出しているどこぞの教祖様よりは、その能力は本物に近いものだったのだろう。


 アナスタシアの顔を見ると、苦手な教科のテストを受ける中高生のような顔をしていた。

 とにかくわからないが、何がわからないのかすらもはやわからない。そういう顔をしていた。



「我が教祖・朝倉現人は、信者へのマインドコントロールを行い、首相暗殺テロをはじめ、数々のテロを企てたとされています。

 ですが実際には、それはマインドコントロールではありませんでした。

 我が教祖がテロを指示したということも実際には一度もなかったのです」


 あらゆる人が持つ、本人すら意識していない潜在意識。

 その潜在意識にある嫉妬心や憎悪、行きすぎた正義感などといった感情が、教祖様のそばにいるだけで無条件で勝手に増幅されてしまうのだという。


 千里眼や予知能力だけでなく、そんな能力までをも持ち合わせていたというのだから、ショウゴは驚きを隠せなかった。

 コントロールが出来なかったというから、意のままにというわけにはいかないのかもしれないが、法律の存在や自らの倫理観から躊躇するような行為を、ボーダーラインの手前でぎりぎり踏みとどまっている人に、簡単にそのラインを飛び越えさせることができてしまう。

 一言で言えば、「無敵の人」を簡単に量産できてしまう能力だった。


 それが常時発動という、ゲーム的な表現をするならば、教祖様のオートアビリティだというのだから、恐ろしい能力だった。


「問題は、我が教祖にはその力をコントロールすることはできなかったということです」


 当時まだ幼かったショウゴは知らなかったが、テロ未遂以前から教団は様々な問題を抱え、テレビや新聞などで度々報道されていたという。

 教祖様の命令によって、教団の施設内でリンチ殺人が行われていたという報道があったらしいが、それも事実とは異なっていたそうだ。


 増幅された潜在意識が、信者たちに無意識化に殺人を行わせてしまっただけだという。

 同様に信者に自殺を行わせてしまうことも度々あったそうだ。


「我が教祖はいつも心を痛めていらっしゃいました」


 幹部をはじめとする信者たちはあくまで自分の意思で、それが正しいと信じて行動を起こしていたに過ぎなかった。

 それが最終的に首相暗殺テロ未遂事件へと繋がっていくことになってしまったのだという。


 ショウゴは話を聞きながらふと思った。


 その能力を仮に世界規模で発動させることができる人物がいたならば、と。


 世界中で局地的な大災害が起き、疫病によるパンデミックが起きていた4年前のことだ。

 ひとりの少女を犠牲にすれば、70億の人間の命が助かると誰かが言った。


 その誰かとはアリステラの血を引く者たちであり、そうやって人類を試したと言っていたが、いくら絶望的な状況であったにせよ、そんな世迷い事を信じる人間が一体どれだけの数いただろうか。

 普通はそんな馬鹿な話があるか、と思うはずだった。

 だが、世界中がそれを信じてしまった。


 人類は、確かにアリステラの言うとおり野蛮なホモサピエンスかもしれない。

 だが、人類はそこまで馬鹿じゃない。


 世界中の人々にそれを信じさせることができた人物がいたのではないだろうか。


「私も同じことを考えていました」


 アンナに心を読まれることに、ショウゴは段々と慣れつつあった。

 むしろ、互いの心が読めることによって、話が早く進んでくれていいとすら思えるくらいだった。

 もっとも、そんな風に考えられるのは、彼女が悪人ではないからだろう。


「私は、我が教祖には実際のところ何の力もなかったのではないかと考えているのです」


「大丈夫なんですか? お隣に教祖様の娘さんがいらっしゃいますが」


「あ、全然大丈夫です。アナスタシア様のことはお気になさらず」


 不思議なふたりだな、とショウゴは思った。

 従者に明らかに馬鹿にされている(雑に扱われている?)というのに、アナスタシアは怒りもせず、にこにことただ笑っているだけだ。

 よほどの信頼関係がなければ、こんな風には簡単にはなれないだろう。


「我が教祖が天啓のように授かったという千里眼や未来予知は、別の能力者が見たものを、まるで本当に天からの啓示であるかのようにして、我が教祖に錯覚させ見せていただけではないのかと思うのです」


「だから、コントロールすることができなかった?」


 そうです、とアンナは答えた。


「潜在意識の増幅もまた同じだったのではないのかと」


「アンナさんは、どうしてそう思うのですか?」


「警察に逮捕されるまでの間しか、教団の施設内にいる間だけにしか、天啓は我が教祖には授けられなかったからです」


 教祖様には自分が逮捕されることも、裁判で死刑判決が出ることもまた予知できなかったのだという。

 死刑判決こそ出たものの、あまりに罪状が多すぎるため、生きている間にすべての裁判が終わることはないだろう、事実上の終身刑だと、面会に訪れたアナスタシアたちや弁護士と話していたらしいが、ある日突然法務大臣が死刑執行のサインをした。

 それもまた予知できないまま、死刑が執行されてしまったのだそうだ。


「潜在意識の増幅もまた、逮捕前までしかその能力が発動することはありませんでした。

 警察や検察の取り調べはともかく、裁判には多くの傍聴人や信者たちが集まり、拘置所には多くの犯罪者たちや教団幹部らがいたというのに」


 確かに妙な話だった。

 教祖様はおそらくお前はもう用済みだと天から言われているようなお気持ちだったことだろう。


「我が教祖は、他者の肉体への憑依を行うことも過去に何度もあったのですが」


「やべー能力だな」


 そのチートすぎる能力が使えていれば死刑執行から逃れることも出来ただろう。

 朝倉現人という肉体だけを死刑にし、自称ではあるが至高神の化身であるその魂、あるいは精神を、死刑執行人や看守などに憑依させ、次々と肉体を乗り換えていくことで死を超越した存在になることも出来たはずだった。

 だが、出来なかった。他の死刑囚と同様に死刑が執行されてしまった。至高神の化身なのに。


「ですから私は、我が教祖の力はすべて、我が教祖が自ら行っていると信者たちに思わせ、警察やマスコミ、そして国民すべてに、千のコスモの会がカルト教団であると思わせたかった何者か、シンギュラリティによって、神の神業であるかのように仕組まれたものであったのではないかと考えているのです」


 だとすれば、教祖様とは別に千のコスモの会の信者を意のままに操っていた人物がいたということになる。

 その人物が、ひとりの少女を犠牲にすれば、70億の人間の命が助かると世界中に信じこませたのだとしたら。


「私たちとあなたには共通の敵がいるということになるのではありませんか?」


「そういうことになりますね。

 でも、なぜ雨野タカミではなく俺に?」


 それを話したのか、アンナの考えがよくわからなかった。

 タカミの方が教団についても事件についても詳しく理解が早かっただろう。


「彼は、テロを未然に防げたのは、自分のハッキングのおかげだと思っているのでしょう?」


 ハッキングに意味がなかったと知れば、タカミは自分のしたことは何だったのかと思うだろう。


「我が教祖を利用し、千のコスモの会をカルト教団に仕立て上げた能力者の存在を信じてはくれないでしょうね」


 タカミには、人の心を読むアンナの特殊能力さえ理解できない。

 教団の関係者の言葉なら尚更だ。


「それに彼は警察の関係者ですから」


 確かにそうだった。


 雨野タカミがシンギュラリティである可能性はゼロではないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る