第22話
アナスタシア=朝倉レインが、千のコスモの会の教祖の娘であるということはわかった。
だが、彼女たちがいくら教団の幹部クラスの者だろうと、教祖逮捕に直接貢献した一条はともかく、間接的にしか関与していなかっただろうタカミの存在を知っているはずがなかった。
ショウゴの名前は先ほどのアリステラの放送で出されてはいたが、彼女たちが一体自分に何の用があるというのだろう。
このマンションを訪ねてきた一条の姿を見られたのだろうか。
エレベーターを降りた1階には部屋はなく、ホテルのロビーのようになっている。
壁は一面強化ガラスのマジックミラーになっており、外からは中を伺い知ることはできないが、中からは外の景色を眺めることができる。
降り続ける雨が視界を邪魔しているが、マンションの前には綺麗な公園があった。
テーブルやソファーがあったため、ショウゴはそこでアンナという女性の話を聞くことにした。
「このマンションの最上階であなたと同居している雨野タカミさんについてお話ししておきたいことがあるのです。
いえ、雨野さんというよりは、我が教祖、つまりはアナスタシア様のお父様が指示された13年前の首相暗殺テロ未遂事件について、と言った方がいいでしょうか」
ショウゴは警戒した。
雨合羽もガンベルトも身に付けてはいなかったが、服の下の腹部、シャツに隠れるようにしてジーンズに拳銃を一丁隠し持っていたのは正解だったかもしれない。
彼女は知っているのだ。
教祖の逮捕にタカミが関与していることを。
このアンナという女性は一体何者なのだろう。彼女の名もコスモネームというやつなのだろうか。
長女や次女、三女ということなら、顔や背格好が似ているのも説明がつく。
アナスタシアの教団での立ち位置がわからないから何とも言えないが、姉が妹を様付けで呼び、妹が姉を侍女のように扱うだろうか。
「その前にひとつだけいいですか。
あなたは?
なぜ、彼女と、アナスタシアさんと同じ顔をしているんです?」
ひとつだけ、と言いながら、ふたつも質問してしまった。
だからだろうか、
「私はアナスタシア様に仕えるメイド兼ボディーガード。
名は鳳アンナ(おおとり あんな)と申します」
顔が似ていることについては彼女は答えなかった。言いたくないか、言えない事情があるのだろう。
整形によって顔を変えたのか、生まれつき顔が似ていたか。そのどちらかだろう。
だが名前を知ることはできた。アンナという名前はコスモネームではないらしい。
彼女はアナスタシアのボディーガードというよりは、いざというときの影武者なのかもしれない。
アナスタシアは、確かギリシア語で「目覚めた女」や「復活した女」を意味する名前だ。
ロシアの最後の皇帝の第四皇女の名前が、確か「アナスタシア・ニコラエヴナ」だった。世界史で習ったか、テレビか何かでその悲運な生涯が特集されているのを観たかした気がする。
同じ四女だからアナスタシアというコスモネームを与えられたのだとしたら、至高神の化身である教祖様も随分と単純にお名付けになられたものだ。
皇女アナスタシアが17歳で殺害された2年後に、自分がアナスタシアである自称した王族偽装者がいたはずだった。
名前はアンナ・アンダーソン。
鳳アンナはあくまで朝倉レインの影武者であり、アナスタシアを自称することはないだろうが、彼女にはコスモネームなど必要なかったということだろう。
「先ほどの放送、アリステラという超古代文明ですか、あれをご覧になりましたか?」
アンナのその問いに嘘をつく理由はなかった。すでに彼女には自分が大和ショウゴであることや、4年前の出来事についても知られていたからだ。だから黙って頷いた。
「お気持ち、お察し致します」
ユワのことを言っているのだろう。それ以上ユワの話題に触れないのは、彼女なりの優しさだったろうし、
「我が教祖・朝倉現人があの当時、首相暗殺を幹部ら数人に指示したのは、小久保ハルミ女史が発見した千年細胞が大きく関わっているのです」
本題が別にあったからだった。
鳳アンナは語った。
「小久保女史による千年細胞発見の報道がなされた際、非常にお喜びになられておりました」
これで目的に一歩近づいた、と教祖様はそのとき信者たちの前で言ったという。
小久保ハルミを「我が同士」とも表現していたらしい。
彼女はカルト教団と繋がりがあったということだろうか。
一条に見捨てられた後の彼女ならまだわかる気がしたが、千年細胞の発見時のふたりは、まだ疎遠になっていた頃のはずだ。
教祖の言う「目的」というのもよくわからなかった。
カルト教団の教祖が考えそうな目的と言えば、テロによる国家転覆や、世界中に信者を増やすことによる世界支配、昭和の特撮ヒーローに出てくる悪の秘密結社のようなイメージしかなかった。
「我が教祖はその後、小久保女史の研究が闇に葬られるようになると、一部の愚かな権力者たちが千年細胞を独占しようとしている、と仰いました」
その話は、一条やタカミから聞いた小久保ハルミと千年細胞についての話と一致していた。
アンナによれば、教祖様は「千里眼」をお持ちだったという。
千里眼、ね。憶測や想像、あるいは妄想が、偶然現実と一致しただけだろうと思ったが、ショウゴは口にはしなかった。
「その者たちが、我々の目的を邪魔している、と仰られたのです」
千里眼によって、その権力者たちの、つまりは暗殺対象者のリストが作られたという。
そして、「予知能力」によって、そのリストの誰がどこで誰と何をしているのか、何月何日何時何分何秒に暗殺可能なタイミングがあるかの詳細が語られた。
そこから幹部たちが計画を立て、信者たちによりテロが実行されたという。
おそらくタカミはそのリストや計画書を手に入れたのだろう。
そして、一条ら公安の刑事たちが暗殺テロを未然に防いだ、そういうことだろう。
ではなぜ、教祖様はお得意の千里眼や予知能力で、テロが未遂に終わることがわからなかったのだろうか。
「シンギュラリティによる邪魔が入った、と教祖は仰られていました」
シンギュラリティ、つまりは特異点か。
教祖様はライトノベルやアニメがお好きだったんだろうか。もっとも教祖様であるということ自体が、こじらせすぎた中二病の証拠なのかもしれない。
「我が教祖の千里眼や予知能力では見えない、予知できないイレギュラーな存在が警察関係者にいたために、テロは未遂に終わってしまった、と」
馬鹿馬鹿しい、苦しい言い訳だとショウゴは思ったが、ふとあることに気づいた。
今、アンナに心を読まれなかったか?
千里眼や予知能力でテロが未遂に終わることがわからなかったのか、というショウゴが抱いた疑問を彼は口にはしていなかった。
だが、その疑問に対し、アンナはシンギュラリティによる邪魔が入った、と返答したのだ。
「ええ、読んでいます、ずっと」
やはり読まれていた。
どうやら彼女はただ者ではなさそうだった。
--あなたにもできるはずでは?
ショウゴもまた彼女の心が読めた。
そして、それは彼女がはじめてというわけではなかった。
二時間ほど前に、一条を相手にしたとき、彼の心の声がずっと聞こえていた。
だから勝てた。
彼の拳銃のセーフティロックがかかったままであることなど、あれらはたまたまの幸運が重なった結果ではなく、彼の心が読めたからだったということか。
「そうですか。先ほどから気になってはいましたが、やはり一条刑事が来ているのですね」
しまった、と思った。思ってからもう一度しまった、と思った。読まれる。読まれてしまう。
「ご心配なく。一条刑事に私が何かするつもりはありませんから」
ショウゴは心から安堵した。
「アンナ? 何のお話しですか? わたくしも混ぜてくださいな」
疎外感を感じたのか、アナスタシアが割って入ってきたが、
「アナスタシア様、わたしは今大和さんと大切な話をしているのです。少しだけ我慢してくださいますか」
アンナに冷たくあしらわれたアナスタシアは、「は~~い」と不満そうに唇を尖らせて、彼女の隣で「青いイナズマが~」と、なぜかSMAPの歌のサビを口ずさんだ。
どうやら相当に自由奔放な人らしい。この人の面倒を見るのは骨が折れそうだった。大体あんた世代的に嵐かもっと若いグループだろ。
あと、ピストルの形にした指をショウゴに向けて「ゲッチュー」とパキュンと撃ったその顔が、なんというかもう、やたらかわいかった。何この生き物。
--ユワさんに言いつけますよ?
--はい、すみません。
ショウゴはアンナに心の声で釘を刺されてしまった。
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