第17話

 女王曰く、アリステラ語は、その文法などから世界で唯一無二の言語と言われている日本語に、非常に似通っているという。

 それは、日本語のルーツがアリステラにあり、日本における漢字伝来以前に使用されていたという神代文字もまた、アリステラの文字だからだという。


 それが本当なら、日本人は大陸からの移民であったり、日ユ同祖論にあるようなユダヤ人と祖先を同じくするわけではなく、同じ大陸からの移民であってもアリステラと祖先を同じくする民族であるか、太古の時代にアリステラの俗国であったということだろう。

 アリステラは、秋月文書などの古文書の研究者たちが考えたように、やはり数百年前に滅亡したのではなく、数千年前に滅亡した超古代文明のひとつなのかもしれない。

 この国の建国神話が実際にあった出来事を参考にしているのなら、高天原がアリステラに当たる可能性もある。


 あまりに万能すぎるエーテルも、有機物をベースとしたナノマシンだと考えれば納得がいかないわけでもなかった。

 清き水から生まれるというのなら、微生物を元に作り出されたものかもしれない。微生物の中には電気で生きるものが存在するし、バイオテクノロジーの分野では微生物から電気を作る研究も、災厄の前の時代には行われていたはずだ。


 大気中に存在するだけで電子機器を起動する電力に電波、それに脳内に運ばれたエーテルが一定量に達すると可能になるという脳による多言語の自動翻訳、それほどのナノマシン技術があれば、アリステラは人体を人為的に進化させることもできたかもしれない。

 たとえば、秋月文書などに登場する巨人の存在だ。大きさこそ誇張されているだろうが巨人が本当に実在した可能性はゼロではない。

 アリステラの大地が緑豊かで飢饉知らずだったのも、すべてナノマシンによるものだと説明がつくだろう。


 では、なぜ滅んだ?

 伝承や創作の中にあるアトランティスやムーもまた、強大な科学力を持ちながら一夜にして海中に没し滅んだとされているが、どちらも科学力に対し滅亡の仕方にあまりに無理がある。

 神の怒りを買ったためなど理由付けがされているが、あくまで伝承であり創作だから許されているようなものだ。

 アリステラがそう簡単に滅ぶわけがなかった。


 考えられるのは、ナノマシンに頼りすぎたことによる「グレイグー」だ。

 自己増殖性を有するナノマシンが、無限に増殖することによって地球上を覆い、火山の大噴火や巨大隕石の衝突の後の粉塵のように、太陽の光が地上に届かなくなり氷河期を迎えたか。

 いや、それならば、人類の今日の発展はなかった。

 アリステラと共に人類はすべて滅亡していただろう。


「アリステラがどんな国家であったのかについては、世界にはほとんど記録が残されていないでしょう」


 ようやく本題が始まってくれた。

 いつの間にか彼女は大きな古文書を抱いていた。


「アリステラについて記された日本に存在する古文書、秋月文書や富嶽文書、比良坂暦、サタナハマアカは、すべてこの『ブライ聖典』を元にしています。

 ブライとは、アリステラの父。

 アリステラピノアとはアリステラの父を支えるアリステラの母。

 この聖典は、アリステラがかつてこの世界とは異なる世界に存在した時代に記されたもの。


 アリステラとは、この世界とは異なる世界から、国家ごとこの世界に転移してきた国なのです。


 逆にアトランティスやムー、レムリアやメガラニカは、この世界からアリステラが存在していた世界に転移しました」



「異世界から国家ごと飛ばされて来た国だと……?」


 にわかには信じられない話だった。

 一個人が異世界に転移や転生する、災厄前の時代に流行ったライトノベルとはあまりにスケールが違いすぎた。



「それがおよそ10万年前のこと。

 まだこの世界の人類、ホモサピエンスが、ネアンデルタール人などの別の人類の可能性を滅ぼしていた時代の話です」



 ホモサピエンスが人類の別の可能性を滅ぼしていなければ、ネアンデルタール人らは進化し、この世界は今頃異世界のようにエルフやドワーフなどといった亜人が存在する世界になっていたという。


 女王の手にはさらに別の古文書が現れた。それがどこからか転移してきているかのように見えるのは、エーテルによるものなのだろうか。


「こちらの古文書は、この世界に転移した後に記された『アンフィス叙事詩』と呼ばれるもの。

 アリステラの英雄アンフィスと彼の弟子たちについて記された英雄譚です。

 この叙事詩には、当時のアリステラの女王の命を受けた英雄アンフィスが、13人のネアンデルタール人らを自らの弟子とし、またアリステラの竜騎士団などの軍を率い、あなた方の先祖となるホモサピエンスと、大陸の奪い合いをすることになったとあります。

 ですが、先に戦いを仕掛けたのは、我々ではなくホモサピエンスの方でした。

 そしてアリステラは、その強大な軍事力で大陸全土を支配しました。

 しかし、この世界にはエーテルが存在しませんでした。アリステラには、転移の際に同時に持ち込まれた大気の中に含まれていたエーテルしか存在しなかったのです。

 100年あまりでエーテルは枯渇し、アリステラの軍事力は著しく落ちてしまいました」


 軍事力の落ちたアリステラは、ホモサピエンスの反撃にあい、滅亡を迎えた。そのときにネアンデルタール人らも滅びることとなった。


 それが10万年前に起きた出来事だという。



「アリステラの軍事力を支えていたエーテルは、人の意思に感応し、炎や氷、風や土、雷を自在に操ることが可能でした。

 アリステラでは『エーテライズ』と呼ばれていましたが、あなた方の言葉では魔法と呼ばれるものにとても近いでしょう。

 滅亡を間近に控えた頃、当時の女王は自らの体内に残ったわずかなエーテルを使い、王族の末裔の血が途絶えることになった際には、天変地異によってホモサピエンスが滅亡するように、森羅万象をエーテライズしたのです」


 それがあらゆる災厄のからくりだという。


「この10万年間、アリステラの王族と民の末裔は、ホモサピエンスと交じり、子を遺して命を繋いできました。

 元の世界に帰ることもかなわなかった我々は、この世界で生きることしかできなかったのです。

 女王の末裔は、ミトコンドリアにわずかなエーテルを宿し、女王となる資格を持つ女子にだけエーテルが引き継がれていくように。

 民の末裔は、アリステラの再興の準備のためにその生涯を捧げてきました。それは、ホモサピエンスによって失われたアリステラの文明をエーテルを用いずに再現すること。

 それが、災厄が訪れる前までにあなたがたが享受していた文化や芸術、学問、科学なのです。

 そして、14年前、この世界で世紀の大発見をしたひとりの女性科学者が現れました。

 こちらの女性に見覚えがある方も多いはずです」


 小久保ハルミが再びテレビに映し出された。


「彼女が発見した千年細胞は、10万年前に純血のアリステラ人が持っていた不老長寿の細胞にとてもよく似ていました。

 しかし彼女の発見は、一部の権力者たちだけが独占するために、その存在自体が否定されてしまいました。彼女は学会を終われ、希代の詐欺師と揶揄されるようになりました。

 我々アリステラは、彼女に接触し、協力を仰ぎました。

 彼女の身体の中に生きる千年細胞を分け与えてもらい、純血のアリステラ人に限りなく近い身体を取り戻したのです。

 そして、彼女は更なる大発見をアリステラのためにしてくれました。

 千年細胞を元に、より強力な力を持ち、決して枯渇することがない新たなエーテルを生み出してくれたのです」


 すべての準備が整った4年前、アリステラは局地的な大災害や疫病をエーテライズし、ホモサピエンスの恐怖を煽った。

 そこに、アリステラの王族の末裔の血筋を絶てば、あらゆる災厄は終わりを告げるというデマを拡散し、ホモサピエンスはまんまとそれにひっかかった。


「あなた方ホモサピエンスが、アリステラを滅亡に追いやった。

 アリステラは確かに一度はあなた方を支配しました。

 しかし、最初に攻めてきたのはあなた方ホモサピエンスなのです。

 この10万年の間、我々が世界各地に何度文明を築いても、ホモサピエンスによって滅ぼされてきました。

 その度に我々は文明を一から作り直してきました。

 ですから、野蛮なホモサピエンスのあなた方には、我々が味わった10万年の屈辱をぜひご堪能頂きたいとわたしは考えています」


 我々が味わった10万年に比べれば、あなた方の屈辱や苦痛は一瞬です、と女王は言った。


「あなた方は間もなく滅亡を迎えることになるからです。

 それでようやく、あらゆる災厄は終わりを告げ、あなた方の数十億の屍の上に新生アリステラ王国は建国されるのです」



 一条刑事がタカミとショウゴが住むマンションを訪れたのは、無料通話アプリでの通話から3時間後のことだった。


 タカミが予想した通り、車のカーナビにも新生アリステラ王国の再興を宣言する映像が映っており、ガス欠のはずの車のエンジンもかかったそうだ。

 だが、数年振りに取り戻した移動手段は、道路に転がる無数の屍の妨害を受け、思ったよりも時間がかかってしまったらしい。


「本当にあの日から、この雨は止まずにずっと降り続けているんだな」


 地下駐車場に愛車の赤いオープンカー、マツダ・ロードスターを停めて、玄関ロビーに入ってきた彼は、悲しげな表情でそう言った。

 あの日を思い出したのだろう。あの日もこの車だった。この車にユワの死体と泣きじゃくるショウゴを乗せた。


 一条刑事は、「観ていたか?」とタカミに尋ねた。

 お前は信じられるか?あんな荒唐無稽な話、と。


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