第13話
災厄により国内すべての発電所が停止してからというもの、テレビ放送はすでに行われてはいなかった。
テレビは自家発電が可能なごく一部の富裕層が、過去に録画した番組やDVDやブルーレイを観るためや、テレビゲームを遊ぶためのものでしかなかった。
パソコンやスマホ、タブレットも、その使い道はネットを使用しないものに限られていた。
携帯ゲーム機の類いもそうだ。
スマホは通話することもできなくなっていた。
タカミと少年が住むマンションでは、テレビやパソコンはコンセントから電源ケーブルが抜かれていたし、スマホやタブレットは充電が切れてからは、充電することなくほったらかしにされていた。
にも関わらず、それらに一斉に電源が入り、少女に瓜二つの少女が映し出されたのだ。
少年がかつてのクラスメイトを藤公園に埋葬してから数日後、それは突然起きた。
「ユワ……?」
少年はテレビに向かって少女の名前を呼んだ。
雨野ユワ。
雨野家の養女となる前の旧姓は、神代(かみしろ)。
数年間一度も声を発することができなかった少年の口から発せられた声は、ひどくかすれていた。
だが、生前の彼女の名前を呼んでいたときのように、優しい呼び方だった。
テレビに映る少女は、ゴシックロリータにスチームパンクを掛け合わせたような荘厳な衣装に身を包んでいた。
その顔は、間違いなく少年が愛し、その手にかけた少女のものであり、そして、間違いなくタカミの妹のものだった。
「あり得ない……」
タカミは思わずそう呟いていた。
そう、あり得ないことがいくつも起きていた。
彼の妹は死んだはずなのだ。
その死亡は少年だけでなく、彼自身も確認し、その場に居合わせた一条刑事も確認している。
行方不明になっていたとはいえ、遺体は遺体だ。
冷凍保存された遺体を解凍したところで、妹が生き返るわけはなかった。
生きた人間をコールドスリープし解凍するのとはまるで違うのだ。
あり得ないのはそれだけではない。
テレビは電源ケーブルが抜かれたままなのだ。電源が入るはずがなかった。
これが国内すべて、いや、世界全体で起きているとしたら、電力を必要とせずあらゆる電子機器が動くという、世界の理から外れた現象が起きていることになる。
それはもはや、神の神業だった。
「わたしは、新生アリステラ王国の女王、アリステラピノア」
顔だけでなく、声までがユワと同じだった。
「かつて極東の島国に住み、アリステラの王族の最後の末裔として、雨野ユワと呼ばれていた者です」
違うのは話し方だ。
その口調は、いかにも高貴な身分の人物のものであり、タカミが知るユワとは明らかに異なっていた。
表情もまるで違っていた。
9歳の年の差や、タカミ自身が引きこもりだったこともあり、学校などの家以外の場所でのユワがどんな女の子だったのか、彼は知らなかった。
だが、世界中の人々が彼女の命を狙い始めるまでは、ユワはどんなときも明るい性格で、タカミをいつも元気にしてくれた。
あのユワの、明るく元気な女子中学生らしさは、口調からも表情からも感じられなかった。
「ユワ……生きていたんだね……」
しかし、少年の目からは大粒の涙が零れていた。
タカミには彼女がユワであるはずがないと論理的に判断できたが、少年は違っていた。
数年間、ユワを殺してしまったことを悔やみ続けてきた彼にとっては、彼女がユワであることこそが救いなのだ。
その証拠に、彼は失った声を取り戻している。
「まずは、世界中の皆さんと、皆さんを代表して雨野ユワを殺害してくださったひとりの少年、大和ショウゴさんに、心からの感謝の意を表明します」
大和ショウゴ。
それがタカミの横で涙を流す少年の名前だった。
テレビに映る新生アリステラ王国の女王アリステラピノアは、かつてのユワである。
だが、そのユワはショウゴが殺した。
アリステラピノアの言葉は大きく矛盾していた。
ショウゴがユワを殺したから、アリステラピノアが生まれた、ということだろうか。
だが、その場合、ユワの死は精神的、人格的なものでなければならないはずだ。
肉体的な死からは別人格は生まれない。
タカミには理解できないことばかりだった。
きっと今頃、一条刑事も困惑していることだろう。スマホが使えず、連絡が取れないことが歯がゆかった。
いや、もしかしたら使えるのかもしれない。
ショウゴを一瞬でもひとりにするのは不安だったが、タカミは自室にスマホを取りにいくことにした。
もう何年も触れることすらしなかったスマホを一体どこに置いたのか記憶になかったが、すぐに見つかった。スマホもタブレットも、パソコンのそばにあった。
電源ケーブルが抜かれたパソコンのモニターにも、同じ映像が流れていた。モニターだけではなくパソコン自体が起動していた。
スマホの画面にも同じだ。
だがスマホ充電は0%のままだった。充電されているわけではないが、電力とは別の方法で起動しているということだ。おそらくテレビやパソコンもまた。
4G回線にもWi-Fiにも繋がってはいないが、映像は何らかの手段で送られてきている。
だからといって、送ることができるかどうかは別問題だ。この通信手段はこちらが受けとることが可能なだけの一方的なものかもしれない。
だが、試してみる価値はあった。
ホームアイコンに触れると、映像からホーム画面に切り替わった。ハッキングされていて、映像を見ることしかできない可能性もあったが、どうやらそこまではされていないようだった。
無料通話アプリを開くと、一条刑事やユワだけでなく、懐かしい名前がそこにあった。
タカミにハッカーとしてのイロハを教えてくれた小久保ハルミだ。
直接会ったことはなかったが、彼女は一時期世間を賑わせた有名な科学者であり、本人である証明としてビデオ通話をしてくれたこともあった。タカミの初恋の相手だった。
ユワから紹介されたマヨリやリンという友達の名前もあった。
「わたしは皆さんに謝罪しなければいけないことがあります。
それは、数年前から起きている世界中のあらゆる災厄についてです」
パソコンのモニターやタブレットでは、アリステラピノアの演説は続いていた。
懐かしさに耽っている場合ではなかった。
『一条さん、テレビかスマホを観ているか?』
タカミは一条刑事にチャットメッセージを送信した。
すぐに既読になり、返事があった。
『観ている。まさかスマホが使えるとは思わなかった。君の柔軟な発想には毎度驚かされるよ』
チャットだけでなく通話も可能だったが、一条刑事にも何が起きているのか全くわからないということだった。
警察という組織自体がもはやあってないようなものであるため、警視庁公安部の所属であった彼は今、実家に戻り自警団のような活動を個人でしているという。
無給で暴徒を鎮圧し、か弱い人々を助けているということだろう。赤の他人のために無給で命をかけられる彼を、タカミは心から尊敬した。
「同じ県内だ。少し時間はかかるだろうが、一度そちらに向かう」
「もし車のカーナビにも映像が映っていたら、たぶん車も動くと思う」
「そうか。一度試してみる」
一条刑事はそう言って通話を切り、タカミはスマホを片手にリビングに戻った。
ショウゴはテレビにかじりつくようにして、アリステラピノアの演説を聞いていた。
「災厄は、確かに数百年前に滅亡を迎えたアリステラ王国が仕組んだものでした。
そして、雨野ユワは間違いなくアリステラの王族の最後の末裔でした。
しかし、雨野ユワを殺し、アリステラの王族の血を途絶えさせればあらゆる災厄が終わるというのは、わたしの部下たちが流したデマです」
いつの間にか、彼女のそばにはひとりの女が立っていた。
その女をタカミは知っていた。
電力もなしでテレビやパソコンを起動させる方法はともかく、世界中の映像端末を同時にハッキングするくらいのことは、彼女にとっては容易いことだろう、と納得してしまう自分がいた。
彼女が、現代人ではなくアリステラの側についた理由も理解できた。
「アリステラの王族の最後の末裔の死によって、あらゆる災厄は加速し、肥大化し、世界は終焉を迎える。
それが、滅亡を間近に控えたアリステラが仕組んだプログラムでした。
あなたたちにこれまで通りこの世界を任せるか、アリステラが再び世界を治めるか、一体どちらがふさわしいか。
それを見定めるために、我々はあなたたちにひとつの選択を迫り、あなたたちの資質を試したのです」
それが、ひとりの少女のために70億の命を犠牲にするか、あるいは70億の命のためにひとりの少女を犠牲にするかという選択だったということだろう。
「この世界の誰もが、ひとりの少女の死を望みました。
犠牲になる少女が、もし自分であったなら、もし自分の家族や恋人が犠牲にならなければいけなくなったなら、とは考えもしなかった。
あなたたちひとりひとりが、犠牲になる少女やその恋人、家族の立場に立って考えるということを放棄した」
あなたたちは自ら滅びの選択をしたのです、
とタカミがよく知る女性は語った。
アリステラと彼女が仕掛けたブービートラップに、現代人はまんまと引っ掛かってしまったというわけだ。
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