欲金貨

 本を読んでいると陽気な顔で「おもしれーもんがあったぞ」と声をかけられた。そいつはケイ。同じチームの仲間で、よく面白い話を持ってきては自慢げに話してくれる奴だ。

「ケイ、俺はパス」

「なーんだよ、エス。寂しいことを言うなよ」

 エスはスマホを取り出し、それをぼくらに見せつける。スマホの画面にはスケジュールが書き込まれており、ちょうど、今日と明日辺りまで予定が入っていた。

「返上しろよ、命令だ」

「命令もクソもあるか。…じゃあな」

「まったく…非常に不愉快だなー」

「あははは」

 ケイがいう面白いところとは一体なんなのか。その正体がわかったのはケイが自慢げに金貨を見せてくれたことだった。

「なにこれ?」

「欲金貨だよ。すげー高いんだぞ!」

 これが…欲金貨。欲を満たしてくれると言われる幻の金貨だ。金で作ったとても高価なお金だ。普通に使うこともできるが巷ではこれを持っているだけで欲が満たせると言われている。一種の麻薬みたいなものだと思う。その効力はよくわかっていない。

「どこで見つけたの?」

「先輩がもっていたんだよ。俺が先輩の手伝いをしたら、くれたんだ」

 欲金貨を後輩にあげるなんて根がいい先輩なんだな。しかし、欲金貨は人を欲に溺れさせるという呪われたアイテムとも言われている。それがなぜ後輩であるケイに渡したのか謎だ。

「それで、それどうするの?」

「どうするって、願いを叶えてもうらうのさ」

「願い?」

「俺の願いは今度のテストで赤点脱出だ」

「真面目に勉強したら?」

「バカ。これで黒点だったらこの欲金貨は本物だっていう話になるさ」

「ほんとかなー」

 胡散臭いと思った。けど、欲金貨はちゃっと願いを叶えてくれた。ただ、願いは叶ったが、ガックリとした顔になっていた。

「赤点だったの?」

「いや、ちゃんと平均点以上だった」

「なら、どうして落ち込んでいるの?」

「…消えたんだ」

「え、なにが」

「欲金貨が消えたんだ! ずっと離さないようにと手に握っていたんだ。それがテスト終わって、手のひらを開けたんだ。なぜか消えていたんだっ!」

 まるで神隠しにあったかのように欲金貨は消えていたのだという。ケイが作り話をしているのかもしれないし、本当なのかもしれない。取り乱すまでもいかないが消えたことにショックだったようで、エスが帰宅してもまったく口にすることはなかった。

 本を開きながら部屋にいると、少ししてからエスに抱き付いて泣いているケイを見かけた。エスはドン引きしていたが、ケイは欲金貨が消えてしまったことに相当ショックだったみたいで、わんわん泣いていた。

 状況がつかめなかったのか、ぼくは事の経緯を話した。

「なーんだ。蓋を開けてみればそんなことか」

「そんなこととはなんだ!」

 エスは欲金貨についてこう言った。

「欲金貨は願い事が叶うと自然と消えてしまう。願い事は本人にとって叶えられるものに限り、叶えられないものには欲金貨は答えず、消えてしまう。つまり、願い事は叶った。欲金貨は用がなくなり自然と退散した。ただ、それだけの話だ」

 エスの言葉に納得したのかケイは黙った。エスは再びスマホを見つめては、「欲金貨…売れば大金、使えば損」と意味深なことを呟いていた。

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