とある話

 勢いよく扉が開き、滑り込みセーフのようにして少年が建物の中へ飛び込む。少年の体は鞭で打たれたかのように酷い痣で、いたるところに出血の痕があった。

 これはいけないと駆け込み、少年の治療をしようとすると、少年は「この子を見てあげて」と腕の中に抱いていた子犬を見せた。子犬は弱まったおり、いまにも事切れそうだった。子犬を真っ先に治療するため急いで地下にある薬品棚へ人を走らせた。少年は子犬を見ては、心配そうに優しい声で「大丈夫だよ。いま、治してあげるから」少年の声も弱々しく、子犬のことを思うあまりなんとか耐えている様子だった。

 薬を子犬と少年の傷口を縫いつつ、暴れないように布の切れ端で台と固定し、唇や舌を噛まないように藁を口の中に入れた。二人とも辛くて痛かっただろう。こんなの代の大人でさえ悲痛な叫びをあげるほどの重症だ。

 待っていろ、今すぐ治してやる。二人とも助けてやる。俺にはそれしかできないからな。小さな命が散っていくのをただ見守るのはたくさんだ。治せる自分がいるにも関わらずいつも手にかけることができないまま、その命の灯が消えていく。もう、そんな自分を作りたくない。今すぐ、自分にできることをすべてこの子たちに力を注ぐ。


 窓から差し込む光に包まれ、もう朝…かとホッと胸を撫で下ろした。少年と子犬の命の灯はどうにか食つなぐことができた。喜べ少年、子犬は助かったぞ。

 それから少年と子犬とお別れし、晴れた空を見上げては、やってやったぜ! とガッツポーズをとった。

 少年は最後までお礼を言うことはなかった。仕方がないことだ。俺は所詮、影が薄いからな。子犬が舌を出しながら俺のことを見ている。ギラギラと命の灯の目が光っている。子犬は俺のことを気づいたようでお礼を言っていた。俺はただ、返事することしかできないのが非常に残念だ。

 少年…大きくなったら俺のところにこい! 俺は、いつまでもここにいるぜ!

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