第22話先輩
「男子Aチームと女子Aチームによる決勝戦を始めます」
轟先輩や副部長達も決勝戦に出るので号令は他の三年生の先輩がやっているようだった。
俺も道場内からみようとしたのだが佐藤さんにお前はこっちこいと言われたので矢取り道で佐藤さんと並んで射場を見る。
「よく見といたほうがいいぞ、今年のAチームはここ十年間で一番強いからな」
佐藤さんは腕を組んで射場のほうを見ながら俺にそう言う。
俺も視線を射場に戻すと一番前に立っていた轟先輩が弓を構えた。
先輩の弦の張った音だけが静かな射場にギチギチと鳴り響く。
けれども狙いをつけている先輩の左手はぴたりと的を狙っていた。
シュッ....パンッ
放たれた矢を目で追うと一直線に一番前の的へと向かっていき中心の近くに中る。
「「「よし!!」」」
道場内から矢声(的中したときに射場にいる人が欠ける声)が聞こえる。
轟先輩はしっかりと残心をとって弓を下ろし座って矢を番える。
すると後ろで女子の副部長も矢を放つ。
轟先輩の使っている弓よりも軽い弓であるはずなのだが全くそれを感じさせないきれいな音で的に矢が突き刺さる。
そしてそのまま立は進み男子は轟先輩が皆中し、二番三番の先輩は2中と3中で現在4番の敦先輩は2中で残り一本、落ちの先輩はあと一中で皆中だった。
女子はすでに全員弾き終えていて合計14中だった。
佐藤さんがボソッと教えてくれたことには、大体県大会でトーナメントに出場できるかどうか位の成績だそうだ。
男子の現在の的中数は14中なので敦先輩か落ちの先輩のどちらかが中てれば決勝戦は男子の勝利だ。しかし....
「あれ?」
敦先輩の射形がいつも見ているのと違う気がする。
なんといえばいいのだろうかいつもはしっかりと胸を張って体を使って引いているイメージなのだが今の敦先輩は心なしか小さく見える。
その証拠に敦先輩の体が細かく震えている。
敦先輩はそのままや矢を放ち、いつもの綺麗な軌道ではなくふにゃふにゃっとした感じの軌道を描いた矢は的からこぶし一個分ほど離れた位置に突き刺さった。
「あのバカ野郎......」
俺が的のほうを見ていると右からいつもの声より幾分か低い声で佐藤さんがつぶやいた。
その視線の先には悔しげな表情を浮かべた敦先輩の姿。
敦先輩が外してしまったので勝負の決まる一射となるが、落ちの先輩はまったくそれを感じさせない見事な射で土曜練習の最後を締めくくった。
「ただいまの結果は前立15中、後ろ立14中で男子Aチームの優勝です。選手は変え矢を持ってください.....起立、退場」
先輩たちが的のほうに向けて礼すると一気に道場内がにぎやかになる。
この後は直ぐに帰りの挨拶をして解散のはずだが隣にいた佐藤さんが敦先輩を手招きする。
「自分でもわかったな?」
無言で近づいてきた敦先輩に佐藤さんは言う。
敦先輩は頷いて、
「最後の一本しっかり引き切れてませんでした」
いつもの明るい声ではなく初めて聞く暗い声だった。それに対して佐藤さんは頷き、片づけてこいと送り出す。
「あいつは射は三年生にも負けないと思うんだけどな.....やっぱり大会は精神的なところに左右されがちだからな...弓弦は気づいたか?あいつ最後の射の後の残心明らかにほかの射よりも短かっただろ?しっかりその一射を丁寧に引こうとしていないから、中てようとばかり考えてるからだ」
前半部分は独り言のように後半部分は俺に聞かせるようにそう言った佐藤さんは、じゃあ挨拶して帰るか~と弓道場に戻る。
俺は技術的な面はまだまだ未熟で全然分からないが、この10分足らずで多くを学べた気がした。
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