第2話矢の音色

どれくらい泣いていただろうかすっかり日は落ちポケットのスマホを見ると既に9時前になっていた。

LINEには大量の通知が入っており見てみると母親からの何時ごろ帰るのかという要件とテニス部の仲間から隼人の安否を心配する内容が来ていた。

母親にはすぐに帰ると送ると送り仲間のLINEは無視した。

少し落ち着いたといえ隼人の事故のことを文字として打ちたく無かった。

公園を出てあたりを見渡し駅から相当な距離離れてしまっていた事に気づくと無理矢理顔を苦笑の形にしながら駅の方へと歩き始める。


パンッ


今まで聞いたことのない音が聞こえた。

音のした方に足を向けるとそこには立派な日本家屋があり思わず俺は敷地に植えられた木に近づき影から中を覗く。

そこには小さな弓道場があった。


パンッ


またも音が鳴る。

弓弦が弓道場の中を注視すると袴を着た老人が弓を放った姿勢で止まっていた。

顔の向きを変え的の方を見ると土に置かれた的には無数の矢が刺さっていた。

老人が弓を構え、放つ。

ただひたすらに洗練され驚くほどスムーズに動くその体に弓弦は圧倒された。

見ると老人は相当な歳のようで筋力はそうないように見える。

しかしその衰えた老人の放つ矢は弓弦には自分の打つ自慢のサーブよりも鋭く見えた。

その後も老人は矢を放ち続け弓弦もまるで取り憑かれたかのようにその光景を眺め続けた。


因みに家に帰ると烈火の如く怒った母親に晩飯抜きを言い渡された弓弦であった。


その後俺は夏休みの間は毎日隼人の病室に通いくだらない話をダラダラとし続けた。

あの日以降俺は一度も部活には行かなかったが顧問の先生が家に来ることは無かった。

どうやら色々と察してそっとしておいてくれているようだ。

隼人も表面上は笑顔が戻り二人の関係性は元に戻っていたように見えたが、毎日1時間以上も話していたのに夏休みの間に二人の間でテニスの事や大会についての話題が出ることは無かった。

夏休みが明けた直後には部活動の表彰などでクラスの友人から色々と聞かれたりしたが、弓弦自身は聞かれたことに答えるだけであったので皆直ぐに受験の方へと気持ちが向かっていった。

正直俺にとっては有り難かった。

隼人の事や大会の事をただのクラスの友人に話したくは無かったから。

そうこうしているうちに冬になり年が明け、完全に受験のシーズンになった。

元々弓弦は県外のテニス部が強い強豪校に隼人と共に進学するつもりだったが、隼人はもうテニスには戻る気はないようだった。

久しぶりにあった顧問にお前はどうするんだと聞かれた時俺の頭によぎったのはあの夜見た矢の矢尻の煌めきだった。

そして3年生の3月、卒業式を終え入試に受かり

その春から俺は風波高校の生徒となる事になった。


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