第8話 修行 小さな一歩
「――ふんっ! たぁ! おりゃあ!!!」
須藤は掛け声と共に右手を振るっていた。
あの後、数分かけて現実に復帰した。
今は通常通り修行に戻っているが、その手には片手剣はなかった。初心者も初心者の自分に武器は扱える自信がなかった。なので片手剣は【インベントリ】の中で暫しのお留守番。
では今は何をしているのか?というと――【
無詠唱
それは魔法のスキル名を告げずに魔法を発動させるスキル。
須藤はラノベ知識で【無詠唱】について知っていたので実践していた。
ただ中々これが難しいようで何回か繰り返したが、今のところ一回しか成功してない。
手でやる理由は初め詠唱ありで【
「――これで、どうだ!」
何回目かになる【
シュッ!
風を切る音と共に前方に突き出した右手から放たれるように何かが空を裂く。
【
「や、やったー! これで2回……目。あ、あれ……?」
そこで自分の様子がおかしいことに気付く。嬉しさのあまりガッツポーズをしようとしたが、視界が揺らぐ。そして足腰も上手く立っていられなくなってしまったのか、そのまま受け身を取れず倒れる。
なんで、何が。俺はただスキルを使っていただけ、なのに、あ――『魔力』――
意識が飛ぶ前に自分が倒れた理由に辿り着くが、それも終わり。
須藤は自分の『魔力』を気にすることなくスキルを使い続けた。そこで起こったことが『魔力切れ』。こちらの世界で言う『魔力欠乏症』になっていた。
この世界ネフェルタでも『魔力欠乏症』を起こす人はいる。だがほとんどの人は子供の頃に体験する。なので耐性が付いていた。
知識で知っていても魔法が使えるという感動からスキルを早くものにしたいと躍起になって考えもしなかった須藤はなるべくして『魔力欠乏症』になった。
◇
「――うっ!……頭、痛い。ここは……?」
真っ白な空間、【ルーム】内で気絶していた須藤は約数時間ぶりに目を覚ます。今はまだ痛むのか頭を押さえながら周りを見回す。
「あぁ、そうか。俺【
自分の行動を思い返し、羞恥心に駆られた須藤は寝っ転がったまま腕で顔を隠す。
調子に乗っていた。慢心をしていた。
夢だった魔法が使え、スキルも自ら発動できるようになり、次のステップとして【無詠唱】を使おうと思った。物語の主人公達は普通に使えていた。なら、自分も使えるはず。なんせ神様から凄いスキルを貰ったのだから――なんて安楽的に考えていた。
愉悦感に浸っていた。物語の主人公にでもなったつもりだった。でも、違うだろ。今は――俺がいる場所は誰が何を言おうと『現実』だ。ここは『物語の中』ではない。
「――何やってんるんだろう、俺。自分が特別にでもなったつもりだったのかよ。そんな訳はないだろ。俺はただ運が良く生き延びて、たまたま神様に目をつけて貰って特別な『職業』と『スキル』を手に入れた」
ただそれだけの学生だった。
言葉を止めるとここに来るまでの記憶を思い返す。
自分はアルバイトを沢山掛け持ちしていたただの凡人。そして――自分以外に呼ばれたのは学校でも有名な生徒達だった。そんな特別な人達と一緒に召喚された一人の凡人。
笑えてくる。いや、実際笑っていたのだろう。だからそんな俺なんて助ける義理も意味もなかった。
「――そうだ。俺は凡人だ。【勇者】や【英雄】、【救世主】なんかと比べて言い訳がないほどの何も持たない、ただの凡人だ――」
それでも何かを掴むように縋るように、顔を隠していた腕を宙に伸ばす。
「――だから、どうした。だからどうした。だからどうした。俺はそれでも約束をした。妹を助けると、この手で護ると誓った。そうだろ――須藤金嗣」
伸ばしていた手を握る。
「俺が凡人なのは変わりようのない事実。でもそこで停滞して言い訳がない」
そしてまだ痛む体を起き上がらせる。
「俺が一つのことで一歩前進するのなら特別な人間は一つのことで十歩先を行くのだろう。なら、俺は追いつけるように必死にしがみついてやる。それがいかに惨めでも、泥臭くても、馬鹿にされようとも……ッ!」
しっかりと自分の両足で立ち上がった須藤は自分自身に言い聞かせるように喝を入れる。
「――俺は何度だって挑戦して、挑戦して――」
そして心の中で唱えた『ステータス』画面を見て――笑う。
「――成長してやる!」
『ステータス』画面には『魔力』が「6000」と表示されていた。
気絶する前は確実に『魔力』が「5000」だった。では何故? それは簡単だ。『魔力』を使い切ると『魔力』の底が上がる知識を知っていたのだから。
小さな一歩。されど一歩。
この一歩が自分のスタート。
神様の言う通りだ、この世に不可能なんてない。
なら俺は――
「――俺のやり方で強くなる。そして凡人でも凄いことを、証明するんだ!!」
『魔力』の回復を確認した須藤は修行を開始する。
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