第3話 神との邂逅




「――この後どうするか」


 制服の内ポケットに騎士から貰った布袋を丁寧に入れると周りを見る。


 木、木、木、木。何処を見回しても木ばかりの森。鼻腔に香る草の香り。暖かい風。自分以外に誰も居ない。

 明るいのに見える二つの月。それが『異世界』だと教えて来る。異世界と言えば『魔物』。そして自分の『職業』は【転売ヤー】などと言う『はずれ』職業。


「俺はこの世界から言えばなのか。クラスの奴らは今頃……良そう。今の状況は何もわからないし、考えるのは今じゃなくてもいい。少しでも人がいるところに」


 歩き出そうと一歩踏み出すが、自分の服装が気になり立ち止まる。


「制服じゃ、目立つよなぁ」


 どうしようか考えていると近くの茂みがガサガサと揺れる。


「――気のせいか」


 気のせいと思いながらもその場から静かに離れようとする。だが一歩遅かった。


「グルルルルッ」


 声のする方に視線を向けるとそこにはオオカミの様な生き物がいた。

 そのオオカミは体長三メートルほどで赤い目が二つ。そして額に角の様なモノが付いている。確実に日本に居た頃にテレビ等で見たことがあるオオカミとはかけ離れていた。


「ま、マジかよ。ただのオオカミじゃない――魔物――ッ!!」


 魔物だと思った瞬間、体が竦む。声が出ない。頭が上手く働かない。喉が渇く。嫌な汗が垂れる。動悸が酷い。死への恐怖で埋め尽くされる。


 『抵抗』『逃げる』『抗う』という言葉が直ぐに出てこないほど、初めての魔物との遭遇で畏怖してしまった。



 ここで……死ぬのか。



 勝手に異世界に連れて来られて。自分の職業が【はずれ】だと言われた。クラスメイトに見捨てられ。そして、そして――俺はこんなところで死ぬのか。地球に帰ることが出来ずに道半ばで死ぬのか……いやだ。いやだ。そんなのはいやだ。俺は、俺は――


 走馬灯なようなモノが頭の中に流れる。そして自分が護りたい存在を護れない不甲斐なさに絶望した時、突如頭の中に響く様に声が聴こえる。



『スキルを使いなさい。【ルーム】と叫びなさい』


「――」



 そんな誰の声かわからない声が響く。

 死に際の幻聴かもしれない。それでも考えている暇はなかった。前を見る。直ぐ近くには自分目掛けて襲い掛かろうとする魔物がいるのだから。


「る、【ルーム】!!」


 謎の声に従う様に虚空に向けて叫ぶ。魔物が襲い掛かる。須藤の目の前の空間が歪む様に感じた。その瞬間、須藤は衝撃に備えるように目を瞑る。



 そして幾ら経っても魔物からの攻撃が来ないことに気付く。それにさっきまであった木々、草の香り、暖かい風を感じない。


 恐る恐る目を開けると――


「こ、ここは、何処だ……?」


 須藤の目の前には何処までも続く真っ白な何処までも真っ白な空間があった。


「よかった。よかった。本当によかった。間に合ったようじゃのぅ」

「――ッ!」


 自分の背後から声がした。気配はしなかった。自分以外に誰も居ないと思っていた。

 須藤はそっと後ろを見る。そこには座布団に座る白い髭を蓄えたお爺さんがいた。何処から持って来たかわからないがちゃぶ台があり、お茶とみかんも置いてある。



須藤金嗣すどうかねつぐ君。初めまして。わしは。君の世界で言うところのになるのぅ」


 白髪の頭、白いお髭。

 ネフェルタの創造主。そして神と名乗ったお爺さんは人の良さそうな笑みを須藤に向けて来る。

 

「ただ安心しなさんな。君を害する者はいない。だから、そこに腰かけなさいな」

「――はい」

 

 もう一つある座布団に座れと優しい笑みで進めて来る。その言葉に須藤は従う。


 おかしいことにこのお爺さんは一目見てだと思ってしまった。


「礼儀正しい子でよかった。今の若者は神でも目上でも敬語を使わないからのぅ」


 腰を下ろした須藤を見て神は苦笑いを作る。


「そんな緊張しなさんな……とはちと難しいと思うが、肩の力を少し抜いてみなさい。わしは近所のお爺さんとでも思えばええからのぅ」


「……」


(流石にそれは……神様を近所のお爺さんはちょっと。でも神様。本当に居たのか。どうしよう。何を話せばいいか。明日の天気? それとも今日の晩御飯について?)


 須藤はいつもの冷静さを欠いて今は内心でパニック状態だった。


「ほほほ。神はいるよ。それに明日の天気は晴れじゃよ。そして今日の晩御飯は君次第じゃの」

「――心、読めるんですね」

「神じゃからの」


 胸を張って自信満々に言う神を見て須藤はクスリと笑う。少し緊張が解れた感じがした。


「わかりました。俺もいつも通りに接します。ただ、神様はどうして俺に?」


 何故見ず知らずの自分を助けたのかと言うニュアンスで伝える。


「――そうじゃのぅ。ただまずは君に謝らなくてはいけないことがある」


 神はそれだけ言葉を残すと座布団から立ち上がる。須藤の近くまで行くと膝をつき、真っ白な地面に自分の額をつける――神はいきなり須藤相手に土下座をしたのだ。


「――須藤金嗣君。今回のこと。君を巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」

「――」


 目の前の神を呆けた顔で見ていることしか出来なかった。ただ目の前で自分に頭を下げて謝って来る神。自分が何かを言わなくてはいけないと思った。


「――俺も、俺もまだ今の状況に頭が追いついていません。でも、神様が俺に謝ってくれていること、わかります。そのお気持ち頂戴致します。なので頭を上げてください。流石に神様に土下座をさせるのは……」

「――ありがとう。本当に君は、優しいな」


 須藤の言葉を聞いた神はゆっくりと顔を上げて、ニッコリと笑みを見せる。


「須藤君が聞きたいことはわかっておる。今の状況についてじゃな」

「(コクリ)」


 須藤は無言で頷く。


「まずは順を追ってわしから話をさせて頂くよ」

「はい、お願いします」


 姿勢を正し、話を聞く。

 自分の席まで戻った神は話す。

 


「須藤金嗣君。君はこの世界ネフェルタに呼ばれるはずはなかった――」


 そしてこの世界の真実を知ることになる。



 異世界召喚。


 それは今から100年前に何処からともなく現れた魔族――を倒すために『救世主』として他の世界から『神の加護』を授かった『力を持つ者』を呼び寄せるために行われた儀式。


 前回の異世界召喚の儀式では須藤が呼ばれた東に位置する『王国』。そして西に位置する『帝国』、南に位置する『皇国』、北に位置する『魔法国』に四人ずつ、計16人が『英雄』又は『救世主』として呼ばれた。


 呼ばれた『救世主』達は現地の人間と共に鍛え、経験を積み、なんとか魔族を退け。そして『救世主』はとその時の各国の、冒険者達の力を合わせてが、

 ただその魔王の封印がもうじき解けようとしていた。それを知った各国の生き残りは文献を元に今回また異世界召喚を行使した。


 そして各国にまた『救世主』達が四人ずつ召喚された。ただそこでイレギュラーが起こる。


 それは『王国』の召喚だ。


 本来だったら前回と同様に。計16人の『救世主』が呼ばれるはず。だが今回は『王国』だけで須藤を入れた17が呼ばれてしまった。


 今回『王国』に召喚された『救世主』は天王寺【勇者】と早乙女達【聖女】【剣姫】【賢者】の四人だと言う。

 ただ召喚されたものはと思った神は自分自ら固有結界に16を招き一人ずつと話し職業、スキル、ステータスの加護を与えた。


 そこで気付く。「後一人召喚されている」と。ただその人物、須藤は神の元に一向に現れない。そのことに焦った神はなんとか干渉しようとする。須藤のスマホから干渉出来ると知った神はスマホ経由でなんとか干渉して特別な職業、スキル、ステータスを与えることに成功した。



「――ただ、すまぬ。君と干渉は出来たものの顔を合わすことも話すことも叶わず、何も教えられないままネフェルタこの世界に送ってしまった」

「――そんな、ことが。いえ、大丈夫です。こうして自分は生きてます。それにもしかしたら神様のおかげで魔物から救われた可能性があります。この空間も神様のスキルなんですよね?」


 須藤の話に神は首を振る。


「わしが与えた加護で助かった可能性は高いが、この空間は君のスキルじゃよ」

「俺の、スキル……」


 神に言われた言葉がわかっていても全く実感がない須藤は困惑してしまう。

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