第2話 クラス転移



 ◇



「――おお! これは、成功か……?」

「はい、ようやく成功しました。恐らくこのお方達が――」

「では、このお方達がになってくれるのですね」

「はい、言い伝え通りでは」


 数人の人物達が話し合っていた。




「――うっ……ここは、何処だ?」


 誰かの声が聞こえてくる。そんな声に起こされる様に須藤は意識を取り戻す。少し体を起き上げると痛む額を片手で抑えながら。


 大理石の様な床に寝転がっていた。周りは何処かの神殿の中の様で、ゆらゆらと揺れる松明がところどころ置かれていた。よく見ると周りにクラスメイト達も何人か自分と同じ様に横たわっている。


(ここは、本当に何処だ。さっきからヤケに冷たいと思ってたのは横たわっていた床のせいだろう。ただ、床? それにこの場所は何処だ……? 俺が、俺達がさっきまでいたのは確実に教室だった)


 まだハッキリと覚醒しきれていない頭で須藤は考える。


 まさか、これは――誘拐? 


 そんなことを一番最初に思い浮かべてしまう。


(ただ、俺達全員を誘拐するのは難しいだろう。仮にテロがあったとしても俺達だけがこの場所にいるのは、おかしい。なら、なにが……)


 色々と考えていると近くから人がこちらに歩いてくる足音が聞こえてくる。


「――」


 今の無手の自分では何も出来ないことを悟った須藤は大理石の床にクラスメイト達と同様にわざと寝転がる。そして様子を見る。

 未だにクラスメイト達は起きない様だ。



「――ほう、この者達が」

「はい。まだ若い様ですが、ここにいると言うことはと言うことです」

「そのようね。早く鑑定してその素晴らしい職業を確かめたいわ」

「ほほほ、は待ちきれないのですな。ですが暫しお待ちくだされ」



 そんな声が聞こえてくる。


 そこには日本ではお目にかからない様な神官の様な白色のローブに身を包む人物数人と、ヤケに豪華な装飾が施された衣服に身を包む男女がいた


 ただ須藤には聞き慣れない言葉もあった。


(呼ばれた? 鑑定、職業。そして姫様だと……本当になにが起こっている。くそっ、それに――なんで他のクラスメイト達は起きない?)


 何もわからない中、今も起きないクラスメイト達に逆ギレを起こしそうになっていると。


「――こ、ここは……?」

「あぁ、……」

じゃ、なかったのか」

「ヘェ〜、


 さっきまで身動き一つしなかったクラスメイト達がいきなり体を起こし、周りを見回す。そして何かを知っているかの様なニュアンスで納得した様な表情を作る。

 中には怯えているクラスメイトもいたが、ほとんどのクラスメイト達が普通だ。


「――」


(何故コイツらはそんなに自然でいれる? 何かを知っている?……いや、ここは日本なのか? そして何かのアトラクションに巻き込まれただけ……)


 周りのクラスメイト達と同じ様に須藤はそう思うしかなかった。


 ここは自分が知っている『日本』であり。決して――と。


 


 少し安堵していると、神官服を来た優しげな顔付きの老人が前に出てくる。


「皆様お初にお目に掛かります。わたくしを務めるオルギー・コラットと申します。さっそく本題に入りますが、宜しいですか?」

『『――』』


 神官服を着た老人に聞かれたクラスメイト達は無言で頷く――須藤を抜いて。


(――神官長?? あぁ、か。俺だけ置いてけぼりってのは……まあいい、こういうのはこの後詳しい話があるもんだからな)


 須藤は今は何も言わずに話を聞く。


「信託は受けていると思いますが、貴方様方はの『救世主』として呼ばれました」


 待っているとそんな聞いたこともない国?世界?の名前が伝えられる。そしてやはり須藤以外は頷く。


(……この世界? ネフェルタ? 救世主???……何を話しているかさっぱりだが……中々凝っているな)


 須藤には老神官が話す意味が一つも理解が出来ず、呆けてしまう。それでも話は進む。


「今から貴方様方には『職業閲覧の儀』を行って頂きます。一人ずつ行いますので、順番にコチラまで起こしください」


 老神官からそう伝えられるとクラスメイト達は、我先にと向かう。


「ほっほっほ。全員しっかりと確認します故。急がなくても大丈夫ですよ」


 クラスメイト達を見て、人の良さそうな笑みを浮かべる。


 少しして順番にクラスメイト達の職業が伝えられる。中には「格闘家」や「魔法使い」と言ったゲームやアニメ、漫画で聞いたことがある様な単語が聞こえてくる。

 『職業閲覧の儀』を間近で見てと思っていた須藤の考えは呆気なく砕け散る。

 そしてクラスメイト達が喜ぶ様を見て、だと実感してしまう。


 須藤は顔を青ざめていた。


 そんな時、歓声が上がる。


「おぉ、コレは凄い。天王寺様は職業【勇者】です!!」

『『おぉ!!』』

「な、なんと!?」

「まあ! 素晴らしいわ!!」


 老神官の言葉を聞いた他の神官達や豪華な衣服を着た男女も声をあげて喜ぶ。


「俺、勇者か……なんか、現実味が湧かないな」

「なに言ってるんだよ。流石、光輝!!」

「光輝は勇者に相応しい!」

「天王寺君、凄い!!」

「きゃっぁー! カッコいい!!」


 勇者と告げられた天王寺光輝てんおうじこうきが恥ずかしそうに頰を掻いている中、周りの取り巻き達は騒ぐ。


 須藤はに頭が追いつくことが出来たのか、他のクラスメイト達の様子を見る余裕も出てきた。

 そんな須藤は天王寺のことを遠くから白けた目で見ていた。


(――ほーん、天王寺が勇者、ねぇ。まあいいんじゃね。いかにも「自分光の勇者です!」みたいな見た目してるもんな)


 内心で軽口を叩く。


 須藤は今も取り巻きに囲まれて持て囃されている茶髪で高身長。そしてイケメンの天王寺を見ていた。


「光輝君、やったね!」

「ふんっ! そのぐらいはやってもらわないと困るわ」

「あら、胡桃さんは素直じゃありませんねぇ」

「ハ、ハァ!? だ、誰が素直じゃないのよ!!」

「まあまあ、胡桃ちゃん。抑えて抑えて」


 後から来た女子生徒達は天王寺を囲む様にワイワイ話す。周りのみんなはその女子生徒達に場所を譲る様に離れる。


 左から誰にも優しい聖母の様な存在の早乙女光さおとめひかり。職業【聖女】

 少しツンデレの様な存在の姫乃胡桃ひめのくるみ。職業【剣姫】

 お嬢様の梓川千尋あずさがわちひろ。職業【賢者】


 この三人はと呼ばれ。いつも天王寺の近くにいるからなんか言われている。


 ちなみに早乙女と姫乃は須藤のだったりする。色々とあり三人は疎遠となり今は転校してきた天王寺に二人はお熱な様で、須藤は見向きもされていない。


 須藤とて二人のことをどうとも思っていないのだが。


「三人も凄いじゃないか! 俺もゲームをするからわかるけど【聖女】や【剣姫】、【賢者】は凄いぞ!!」


 三人を天王寺は褒める。


「ありがとう!」

「ふ、ふん! まあ褒められて悪くはないわね」

「光輝さん、ありがとうございます」


 天王寺に褒められた三人は頰を染める。


「ほほほ、天王寺様の言う通り、皆様も素晴らしい職業ですぞ」


 近くにいた老神官も天王寺に続く様に褒め称える。その際に早乙女達は「ありがとうございます」とお礼を伝えていた。



「――では他に『職業閲覧の儀』をやっていないお方はいますか?」


 老人神官から問われたクラスメイト達はお互いに顔を見る。そしてさっきから一度も動いていない――須藤に視線が集まる。


 老神官も須藤に優しげな顔を向ける。


「おぉ、貴方様が。ではこちらにお越しになってこの水晶に触れてくださいませ。少しすると職業が浮かびます」

「……わかった」


 須藤も言われた通り老神官の元に向かうと水晶を触りに行く。その時に周りから囁き声が聞こえる。


「須藤はどうだろうな」

「案外面白い職業だったりして」

「あれじゃね? こういう場合ってヤケに強かったり。逆に弱かったりする職業が出るのがテンプレじゃね?」

「それはアニメや漫画の話だろ」


 そんな声が聞こえる。


 須藤はそんな声など無視をして、水晶に触れた。そしてみんなと同様に宙に浮く職業名。


「こ、この職業は――」


 老神官は須藤の職業を見ると慄く。

 須藤はそんな老神官の態度を見てそんなに凄い職業なのか?と思い自分も見ると。



  [須藤金嗣すどうかねつぐ 職業 【転売ヤー】]


 

 そんな職業名が書いてあった。


「て、転売、ヤー……?」


 流石の須藤もその単語に困惑してしまう。

 

 ただ周りは違うかった。


「――おい、職業が【転売ヤー】。聞いたことがあるか?」

「いや、ない。過去の文献でもそんな職業は存在しない」

「じゃあ……」

「あぁ、彼は――いやは『』の可能性がある」

「なっ!?」


 神官達は話し合うと険しい表情を浮かべ、須藤を見る。

 老神官も少し険しい表情を作ると豪華な衣服を着ている男女に話かける。



「ギャハハッ!! おい、須藤の職業【転売ヤー】だってよぉ!!?」


 その時クラスでもお調子者の矢上が須藤の職業を盗み見するとみんなに伝わる様にわざと大きな声を出す。

 【転売ヤー】という単語を聞いたクラスメイト達は須藤のことを軽蔑した眼差しで見る。


「――ッ」


 四方からそんな目を向けられた須藤は後ずさってしまう。その際に余計なことを口にした矢上を睨む。


「なんだよ? 本当のことを言っただけだろ。【転売ヤー】の須藤君」

「――チッ」


 事実を言う矢上の言葉を不快に思いながらも言い訳を言えない須藤は舌打ちをする。



「な、なんと……この者は『』を持たぬ……『』だと……!?」


 豪華な衣服を着た男が歩いて来ると驚愕した顔で須藤を見る。その顔は次第に憎々しげな顔に変わる。


「――凶兆の兆しを呼ぶ者。騎士達よその者を即刻この場から追い出せ!!」


 いつの間にか周りにいた鎧を着た騎士達に声をかける。叫び声が周りを木霊すると男の言葉に従う様に騎士達が動き、須藤を一瞬で囲む。


「――ッ!」


 騎士達に囲まれた須藤はどうすればいいかわからなかった。

 それに動けなかった。ここが既に日本ではないことが須藤にもわかっている。だからこそ動けないし、安易にしゃべれない。


 今自分を囲む騎士達が持つ武気はなのだから。


 須藤は最後の希望と思い自分のクラスメイト達を見るが――誰一人として自分を助けてくれる人など居ない。それどころか須藤をゴミでも見るかの様な目線を向けて来た。


「ほら、立て」

「――」


 無言で従う。


「良い心掛けだ。ただこの後も下手な真似はするなよ――コイツは俺一人で連れて行くから、みんなはここで皆様の警備を」

「わかった」

「頼むぞ」


 騎士達は自分の仕事を真っ当することしか考えておらず、須藤のことなど見ていなかった。


「――行くぞ」

「――」


 今はもう逃げる気力も、何をする気力も無くなってしまった須藤は騎士に軽々しく肩に持ち上げられるとされるがままに何処かに連れて行かれる。


 俺はまだ、まだ死ぬ訳にはいかない――



 騎士に神殿から外に連れて来られて数分経っただろうか。突然地面に降ろされる。


「――ぐっ」


 受け身を取れずに地面にお尻から倒れ込む。外に出れたという嬉しさはあった。だが周りは木々が生い茂る森。そしてこの後自分がどうなるかわからず、体が勝手に震えてしまう。


「ふん。悪く思うなよ。恨むなら自分の不運を恨むんだな」 


 騎士は腰に下げている剣に手をかけて……

ただ騎士はそれ以上何もしてこなかった。


「……」

「なんだ? 何かされると思ったか?……まあ普通だったらお前みたいな『はずれ』は問答無用で切り捨てられるが、どうせこの世界では生きられない。だから、俺からのお情けだ。短い人生、精々楽しく生きろよ」


 須藤一人を森に残して騎士は歩いて行ってしまう。その姿を乾いた目で見た須藤は心の中にドス黒く、悍ましいモノが生まれる感覚を感じた。


 どうせ死ぬなら、自分に背中を向けているコイツを――


「――ぐへっ!」


 そんな黒い感情に支配されていた須藤の顔に何か固いモノがぶつかる。

 完全な不意打ちに須藤は奇声を上げると顔を抑える。


「――と、普通だったらするが。流石にな。それは俺からの選別だ。周りの目もある。これ以上は俺には何も出来ないが――強く生きろよ、

 

  

 背中を見せながらそれだけ言うと騎士は本当に歩いていってしまう。


「――え?」


 その姿を呆気に取られた顔で見続けていたが、騎士から貰った布袋を確認する。中には――十数枚の銀貨が入っていた。


 その硬貨がどれほどの価値があるか須藤にはわからない。それに危機を脱した訳ではない。でも、それでも――嬉しかった。


 この世界に来て数時間、自分を助けてくれる人など居ないと思っていた。でもちゃんと、自分のことを見てくれる騎士は居たのだから。


「――ありがとう」


 立ち上がると既に居ない名も知らぬ騎士に頭を下げる。


 


 






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