第111話:意思の疎通
「新作、ですか?」
あの騒動から1ヶ月。
屋敷を訪ねて来たマティアスから提案されたのは、新しい物語の執筆だった。
「はい。新作と言うか続編的な番外編とでも言うか」
マティアスの中では既に案が有るようなのに、なかなか口にしない。
フローレスは首を傾げ、マティアスを見つめる。
「フ、ホワイトを幸せにしてあげましょう」
予想外の提案に、フローレスは目を見開く。
驚き過ぎ、名前を言い直した事には気付かなかったらしい。
ローゼンは無論気が付き、フローレスの後ろで絶対零度な視線をマティアスに送っていたが……。
「そうねぇ。相手は【緑の君】かしら」
フローレスの言葉に、マティアスは慌てて手と頭を振る。
必死過ぎて、ローゼンの冷笑を買っている。
「それでは前作の不貞相手ですから、読者の共感は得られ
にこやかな提案に、フローレスも「そう?」とその気になる。
早口になり、息継ぎをしないで話すマティアスには気付かない。
「それなら、教授のように年の離れた方はどうかしら?先生にお話を聞けば、主人公の内面の葛藤も解るわ!」
良い事を思い付いた!とばかりに、フローレスは手を打ち鳴らす。
マティアスは愕然とし、ローゼンは失笑した。
「あら、なぜ笑うの?ローゼン」
後ろで吹き出したローゼンを、フローレスが軽く睨む。
「す、すみません。こう、意思の疎通と言うか、相互理解と言うか……先は長いようです」
楽しそうに笑うローゼンを、フローレスは「お客様の前で」と
「いえ、厳密には客ではありませんから」
苦笑したマティアスは、紅茶を一口飲む。
それからおもむろに視線をあげた。
「では、そちらの話はホワイトから離れて、別口で書きましょう」
マティアスの表情が変わった。
完全に編集者の顔である。
「一応、参考にする旨を説明して、了承は得ましょう。必要ならば、原稿料と印税の一部を支払う書類も作ります。作者名の横に、監修か相談役として名前を
どうでしょう?とフローレスに問うマティアスは、先程までの情けない雰囲気は無い。
「ヘニー・ファン・ディレン先生は、好きなように書いていただければ大丈夫です。他の交渉は私がしますので」
爽やかな笑顔は、見慣れた担当編集のマティアスだ。
見慣れたマティアスに戻り、フローレスは内心でホッとする。
今日のマティアスは、どこか様子がおかしかったのだ。
それが何かは判らないけれど、フローレスの居心地を悪くさせていた。
「オーブリー皇女殿下やホープ様にも印税を?」
フローレスが気になった事を質問する。
今まで気にした事もなかったが、今回の話を聞いて、突如思い至ったのだ。
「いえ、登場人物の参考にした程度ですし、御本人からの請求もありませんでしたので」
本の中で主人公達が起こした事件や行動は、実際の人物とは無関係である。
本の内容
これが逆で、オーブリー皇女殿下の自伝的な物語になると話は変わってくるのだが、本を書いた当初は、オーブリーとホープには面識すら無かったのだ。
「そう。良かったわ」
いつものマティアスに宣言されて、フローレスは心から安心できた。
担当マティアスは、作家フローレスにとても信頼されているようである。
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冷笑=さげすみ、見くだした態度で笑うこと
失笑=笑ってはならないような場で、あまりのおかしさに、思わずふき出してしまうこと
苦笑=行動やおかれた状況の愚かしさ・こっけいさに、不快感やとまどいの気持ちをもちながら、しかたなく笑うこと
おもむろ=動作が静かでゆっくりしている様子
小説を書くまで、勘違いしていた言葉です
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