第110話:日常へ戻る



 貴族のお忍びとしてではあるが、街遊びを堪能してオーブリーとホープ、そしてアダルベルトは帰って行った。

 平民のフリをしていたのだが、やはり無理があり、どう見ても「お忍びの貴族様」だった。

 それでも皇族としてよりは、貴族のお忍びの方が自由が利くのだろう。


 沢山の初めてを経験して、平伏していない平民を間近で見て、自分の守っていくべきものを初めて正面から見た気がする、とオーブリーは背筋を伸ばして語っていた。


 王族の馬車を見送り、車輪の音が聞こえなくなるまで頭を下げ続ける。

 隣りには、同じように深々と頭を下げたマティアスが居る。

 逆隣では、夜は自宅へ帰っていたプリュドム伯爵夫妻が見送っている。

 こちらは貴族なので、フローレス達よりは頭の下げ方が浅い。



 完全に遠ざかってから頭を上げた四人は、皆して体から力を抜いた。

「いやぁ、無礼講と言われても、さすがに無理だった」

 ヴィルジールが苦笑いする。

「伯爵はオルティス帝国所属ですものね。無理もないですわ」

 フローレスがねぎらうように声を掛ける。


「フローレスこそ、街を案内したのでしょう?」

 レオノールがフローレスの手を握る。

 そして「お疲れ様」と笑顔で労う。

「いいえ。私は、本当にただの友人として接していただきました。マティアスさんも、アダルベルト殿下と随分と仲良くなられたようでしたよね」

 フローレスがマティアスに話を振る。


「うぇ!?あ、はい。皇族なのに気さくな方でした」

 自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。

 マティアスが慌てて返事をする。

 紳士協定を結んだせいもあり、少し後ろめたい気持ちもあるのかもしれない。

 ぎこちない笑顔をフローレスへと向けた。




 マティアスもプリュドム伯爵夫妻も帰宅し、久しぶりにフローレスと使用人だけの日常が戻った。


 それほど長い期間ではないのだが、バロワン王国の建国記念パーティーへ行って、そこでペアラズール王国の王太子妃がオーブリーを怒らせたり、そのままバロワン王国からキメンティ王国までの強行軍。


 しかも皇族のオーブリーとアダルベルトも一緒である。

 緊張するなという方が無理だろう。



「しばらく何もしたくないわ」

 呟いたフローレスは、ゆっくりと目を閉じた。

 庭に大き目のロッキングチェアを置いてもらい、クッションも大きめで肌触りの良い物を厳選して置き、暖かい日差しの中でゆったりと体を沈めている。


「お嬢様、それでも日焼けには注意してくださいね」

 ローゼンがフローレスの顔が隠れるように日傘を差し掛ける。

「あら、もう貴族じゃないから良いかと思ったのだけど」

 目を開けずにフローレスが応える。


「日焼けは、お年を召してから後悔するらしいですよ」

 フローレスがうっすらと目を開けると、弓形ゆみなりに目を細めたローゼンと目が合った。

「顔の所だけ影になるように、ガーデンパラソルを置いてもらえるかしら?」

 フローレスの言葉に、ローゼンは「はい!」と、とても良い返事をした。



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