第103話:ペアラズール王国王太子妃




「貴様は、いつまで私の友人に頭を下げさせているのだ」

 オーブリーの低い声が、思いの外会場内に響いた。

 周りから物音が消える。

「フローレス嬢、それからその友も、頭を上げて良い。私が許可する」

 オーブリーの言葉に、三人は姿勢を直した。


 王太子妃はその時初めて、フローレスへと目を向けた。

 そして気付く。

 着ているドレスがオーブリーとお揃いである事に。


 アダルベルトとフローレスが親しい友人である事は、夫である王太子から聞いていた。

 しかし、オーブリーとはアダルベルトを通してか、婿に行ったホープを間に入れての繋がりがあるだけだと思っていたのだ。


 だから平民に堕ちたフローレスを招待してやり、二度と会えないはずだったアダルベルトやホープと会う機会を与えてやったのだ。

 アダルベルトが、フローレスを招待した王太子妃に感謝している事を、オーブリーへ話すだろうと踏んでいた。



「それから、ペアラズール王国王太子妃。私は貴様にファーストネームで呼ぶ許可を出した覚えは無い」

 オーブリーが無表情で王太子妃に言い切る。

「私もですね」

 アダルベルトも、王太子妃に冷たい視線を向ける。


「あ……」

 顔色を悪くした王太子妃は、助けを求めるようにホープを見る。

 しかしホープはそもそも王太子妃を見てもいなかった。

 眼中に無い、とはこの事だろう。


 最後にフローレスへと視線を向けると、俯き加減で立っている。

 平民が王族の顔を直接見るのは、不敬である。

 バルコニーなどで民に挨拶するのを遠くから見上げるのならばともかく、近くに居る時には視線を絶対に合わせてはいけないのだ。


 王太子妃は、扇を広げ顔を半分隠した。

 口元が笑う。

 まだ利用価値のある人物がここに居た、とでも思ったのだろう。


「フローレス、久しぶりね」

 さぁ!義姉になる予定だった私に挨拶しなさい!

 平民だから文句を言われる心配も無い。

 私とオルティス帝国の仲を取り持ちなさい!

 そんな雰囲気がありありと伝わる声掛けだった。




「フローレス嬢、積もる話もある。義理は果たしたし帰ろうか」

 オーブリーが王太子妃とフローレスの間に割り込み、笑顔でフローレスをうながす。

 その瞳に、王太子妃は完全に映っていない。


「バロワン王国に来る事は二度と無いだろうから、忘れ物をしないようにな」

 オーブリーは振り返り、ホープへと声を掛ける。

「大丈夫です。既に荷物は纏めて馬車に積んである頃でしょう」

 ホープが軽く会釈をしながら答える。

 その行動は夫と言うより従者のようである。

「ふふっ」

 後ろからローゼンの笑う声が聞こえたが、フローレスは気付かない振りをした。



「プリュドム伯爵、確かキメンティ国に屋敷が在るのだったな」

 オーブリーに問われ、ヴィルジールが笑顔で頷く。

「狭いですが、ぜひともお寄りください」

 レオノールもヴィルジールの横で笑顔で頷いている。


「フローレス嬢達の荷物は、私の従者に取りに行かせましょう」

 アダルベルトが言うのに、ホープが「いえ、私の従者が」と応え、一瞬空気が緊張したが、ローゼンが「いえ、もう使用人が全て持ち帰りました」と割り込み、事なきを得た。


 フローレス達は、パーティーが終わったら、その足で屋敷に帰るつもりだったのだ。

 既にホテルも引き払ってある。


「キメンティに入ったら、どこかの街で1泊しないとだな」

 楽しそうに言うオーブリーは、もうバロワン王国を切り捨てている。

 その証拠に、この国の国王や王妃、王太子が入場する前に会場入りしてしまい、しかも挨拶もせず帰るのだ。


 フローレスを利用しようとした時点で、次期皇帝オーブリー不興ふきょうを買っていたのに、その後の対応も全てが最悪だった。

 この後、バロワン王国内に王太子妃の居場所は無いと簡単に想像出来る。

 たとえ泥舟でも、ペアラズール王国へ帰るしかないだろう。



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