第102話:バロワン王国




「一応、うちの従者を置いておいて良かったよ」

 アダルベルトが迎えに来たのは、偶然では無かったらしい。

 案内係を断り、プリュドム伯爵夫妻と合流して六人で会場へと向かっている。

「教授と来るのは判っていたけど、一般入口の名簿には名前が無くてね」

 アダルベルトもまだ教授呼びが抜けていないようである。


「通常、招待状に違和感を感じたら、上司と警備に連絡する。偽物だったら拘束、国賓用だったら上司が対応」

 どうやらあの受付係は、警備に拘束命令だけを出したようだ。

「国賓は普通、馬車が国賓用入口に案内されるから、一般入口の係は招待状を見た事も無かったのだろう」


 それもどうかとは思うのは、皇族のアダルベルトと、王子妃教育を受けたフローレスだからだろうか。

 いや、この国の指導が甘いのだろう。

 ペアラズール王国王太子妃になった王女の、フローレスへの対応がそれを証明している。


「大丈夫なのかしら、この国」

 フローレスが思わず、と言った感じで呟く。

「駄目でしょうね」

 アダルベルトがサラリと答えた。



 会場に入ると、なぜかとても騒がしかった。

 帝国第三皇子のアダルベルトの入場にも気付かない程だ。

 その理由はすぐに判明した。

 更に重要人物が居たからである。


「姉上!」

 アダルベルトが声を掛けると、その重要人物が振り返る。

 おそらく本日招待されている中で、1番の賓客である。

 アダルベルトの声に振り返ったオーブリーは、フローレスを見て嬉しそうに破顔した。


 やられた。

 フローレスがまず頭に浮かんだ言葉がだった。

 オーブリーとフローレスのドレスは、色違いの同デザインだったのだ。

 それぞれに似合うように多少のアレンジはしてあるが、それでも誰が見てもすぐにお揃いだと判る。


 これは、あの入口に居た貴族達は、会場内に入ってさぞかし焦る事だろう。


「フローレス嬢、直接挨拶するのは初めてね」

 オーブリーが親しげに声を掛けてくる。

「はい。色々とありがとうございます」

 フローレスが最上級の礼をしようとすると、アダルベルトの時と同じように手で制された。


「知っているだろうけど、私の婚約者よ」

 オーブリーの後ろに控えていたホープが1歩前に出て、軽く会釈する。

 それに対してフローレスも無言で頭を下げた。




「あらあらまあまあ!オーブリー皇女殿下!もう会場にいらしたのですね」

 まだ距離が有るのに声を掛けて来たのは、ペアラズール王国王太子妃、その人だった。

 フローレスとマティアス、そしてローゼンの三人は、平民なので最上級の礼をする。

 プリュドム伯爵夫妻はパーティーの場なので軽く頭を下げただけだ。


「お部屋に伺いましたら、既に会場へ行かれたと聞いて、私も急いで参りましたの」

 オーブリーの前まで来た王太子妃は、にこやかに話し掛ける。

「本日は態々わざわざお越しくださり、ありがとうございます。アダルベルト皇子殿下も、お久しぶりでございます」

 皇族二人に挨拶をし、視線をホープへと移す。

「ホープ殿も久しぶりですね」

 さも親しげに声を掛ける。

 周りへ仲が良いと見せつけているのだろう。


 悪手だった。



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