第80話:新たなる火種




 ホープは、どこか居心地の悪さを感じていた。


 第二王子とルロローズの事件でオッペンハイマー侯爵家は伯爵家に降格になり、フローレスは行方知れずになっている。

 どこに行ってもヒソヒソと噂され、「王子妃の実家」から「阿婆擦あばずれの実家」と揶揄やゆされるようになった。


 フローレスが出奔しゅっぽんして1年余り。

 後3年見つからなければ、フローレスの貴族籍は自然に消滅してしまう。

 その後見つかっても、誘拐などが原因で無ければ、貴族籍は戻らない。


 焦っていたホープは、フローレスを探す事と、オッペンハイマー伯爵家を維持する事で精一杯で、その他の情報にはうとくなっていた。



 最初に気付いたのは、店に入った時の店員の視線の変化だった。

 まるで敵を見るようだった女性店員の視線が、なぜか温かい視線に変わった。

 昔の侯爵家後継者としてのホープに向けられていた物とも、どこか違う視線。


 社交の為と必要最低限参加していた夜会でも、同じ視線を感じるようになった。

 一度婚約寸前までいき、ルロローズの件で破談になった伯爵令嬢から「頑張ってくださいね」と声を掛けられ、さすがに看過かんか出来ない何かが起きているのだと、本腰を入れて調べ始めた。




【緑の女王と氷の侯爵】

 

 ホープの前に、1冊の本が置かれた。

 作者はヘニー・ファン・ディレン。

 ルロローズと第二王子の恋愛を後押しし、フローレスを悪役のように仕立て上げた恋愛小説の作者の、最新作だった。


【運命の出会いは、真実の愛を実らせたベリアル王太子とピンキーの結婚式だった。

 ピンキーの兄で侯爵家後継者のセルリアンと、結婚式に招かれた隣国の王女は、目が合った瞬間に動けなくなった。

 氷のようだと例えられていたセルリアンの顔が、驚きに彩られる。

 エルフの血を引くと噂される程の美姫でありながら、その地位ゆえに恋人もいない女王も、同じ表情でセルリアンを見ていた。】


「な……んだ、これは」

 ホープは冒頭部分を読んだだけで、思わず本を閉じてしまった。

 前回の本で、【ピンキー】と【ホワイト】がルロローズとフローレスである事は、暗黙の了解とされていた。



 貴族社会では、【ベリアル王太子】のモデルのベリル元第二王子やルロローズがどうなったのか、皆が知っている。

 オッペンハイマー侯爵家が伯爵に降格になった事もあり、幸せな結婚とは認識されていない。

 本のように、主人公達が幸せになったわけでは無い。

 しかし、本と同じ事は、実際に起きていた。


 王子様は婚約者を捨て、その妹を選んで結婚したのだ。

 そこだけ見れば、事実である。


 今回も、氷の侯爵セルリアンのモデルであるホープと、エルフの血を引くと言われている美姫であるオルティス帝国の第二皇女がモデルであると、すぐに皆が理解した。



 今回、本が流行し始めたのは市井しせいが先だった。

 第二王子は真実の愛の相手であるルロローズと幸せな結婚をして、幸せに暮らしていると思われていたからだ。

 今度はその兄の恋愛小説である。


 隣国の皇族が美しいのは、有名な話である。

 いくら本に【この物語はフィクションです。実在する人物・団体とは関係ありません】と書いてあっても、信じる読者は殆どいなかった。



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