第70話:収入源を得る




「新しい担当さん?」

 フローレスは、目の前のノッソリとした野暮ったい男を眺めた。

「はい。何か前は訳アリで、完成原稿を持ち込む形だったと聞いてんですけど、こっちの国ではしがらみが無くなったって聞いてます」

 ボサボサ頭に無精髭、丸眼鏡の男が珈琲を口にする。


 場所は街の喫茶店だ。

 令嬢達よりは、年配の方々や男性の方が好みそうな落ち着いた雰囲気の店である。

 ケーキも種類は少ないが置いてある。

 フローレスとローゼンは、目の前の男を繁々しげしげと眺めた。


「前の担当とかいう人もこんな風体ふうていだったの?」

 フローレスが隣のローゼンにコッソリと耳打ちする。

「いえ。こちらが貴族のメイドだとバレていましたから、それなりの方が対応してくれていました」

 対してローゼンは、前を向いたまま口を動かさずに答える。

 器用な事である。



 こちらの国へ移住して落ち着くと、ローゼンは例の出版社へと連絡をした。

 売上金を取りに行けなくなったので、これからは口座へ振り込んで貰う為だ。

 そして届いた返事には『そちらにあるのが本社なので、まだ執筆を続けるのならば訪ねてみてください』と書かれていた。


 実は使用人達でフローレスを養う気満々だったのだが、それならばとローゼンは出版社を訪ね、今に至る。

 既に話は通っていたのか、ペアラズール王国で出した本の題名を言っただけで、この担当となる男を紹介されたのだ。



「新作の話もしたいですけど、まずは既に王国で出版になった本を、他の国でも販売する許可をください」

 テーブルの上に、数枚の書類が並べられた。

 出版契約書だろう。


「ですが、あれはペアラズール王国だから売れたので……」

 フローレスが言葉を濁す。

 自分とルロローズ、そして第二王子を知っているからこそ、面白おかしく想像して物語に入り込む事が出来たのだろう。

 アダルベルトは他国に籍があったが、王族なので第二王子の事を知っていてもおかしくはない。

 物語を楽しむ基盤があったのだ。


「あぁ、モデルが居るらしいですね。しかし最後まで読ませていただきましたが、モデルを知らなくても楽しめましたよ」

 男が何でも無い事のように告げる。

「読んだのですか?」

 フローレスが驚くと、男は心外しんがいな!とここにきて初めて感情をあらわにする。


「自分が良いと思っていない物を貴女は人にすすめますか?私は編集者として、担当作家の作品は他社での既存きそん作を含めて全て読みます!」

 熱く語る男を、フローレスは静かに眺めていた。




 あの後、契約書は隅々すみずみまでローゼンが確認し、問題が無いとしてサインをした。

 版権は既に出版社に渡っているので、発行地域を広げるだけだったのもあり、その場で決められたのだ。

 しかも売上げに対しての、フローレス側の取り分が前よりも良かった。


「既に完結しているので、途中で逃げられる心配もせっつく労力も必要無いから、人件費分です」

 男が笑ったので、フローレスも笑っておいた。

 ローゼンだけは、そんなはず無いでしょう?と男を見つめていたが、こちらに悪い話では無いので口にはしなかった。



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