第71話:愚かな選択




 フローレスが新しい契約を交わし、安定した収入を得る算段をつけた頃。

 オッペンハイマー侯爵家は、オッペンハイマー伯爵家へと変化していた。

 領地も縮小され、りにって管理がそれほど手間でなく、重要な収入源であった鉱山の在る地域を国に取り上げられてしまった。


 これは、次代のホープが金で力を蓄え、早々に侯爵へ返り咲くのを警戒したからだろう。

 それは伯爵となった元第二王子のベリルの後見人となり、ベリルを旗印に国家転覆をはかる事を危惧されたのだった。



「あんなルロローズなんぞに傾倒する愚鈍の後見人になど、なるわけが無いだろうが!」

 ホープは手に持っていた書類を机に投げつけた。

 あまり感情をあらわにしないホープにはとても珍しい行動で、同じ執務室内にいた父親を驚かせた。


「それで、まさかすごすごと引き下がって来たんじゃないでしょうね?」

 ホープに睨まれた元侯爵で現オッペンハイマー伯爵は、首を傾げる。

「伯爵になれば納税額が大幅に減るので、鉱山が無くとも今までと変わらない生活は出来る。それに、鉱山を国に渡せば、ルロローズはお咎め無しだと約束されたのだぞ?何が不満だ」

 本当にそう思っているのは、伯爵の表情からも見て取れた。


「騙されやがってクソが!」

 ホープは机の上にあった蓋の開いたインク瓶を、父親目掛けて投げつけた。



「ルロローズは伯爵になったベリルに嫁がされる時点で罰を受けている!」

 ホープはインクまみれになった父親を、汚物のように見下した。


「大体、他家に嫁ぐ娘が咎められようと、我がオッペンハイマー家には関係無いというのに!自分達の不始末は自分の代だけで償うべきだろうが。なぜ俺の代にまで影響のある罰を勝手に!!」

 ガアンとホープが机を殴りつける音が部屋に響く。


 普段は冷静なホープの変わりように、父親である伯爵も初めて見るのか目を見開いて驚いていた。



「罰を受け入れてしまったのならば、王太子の愛妾にフローレスを据えても大して利点は無いな。これを材料に交渉出来ていれば!……いや、過ぎた事は仕方無い。フローレスは帝国へ嫁がせよう」

 ホープは口の端を持ち上げ、打算含みの醜い笑顔を浮かべる。


 自分よりフローレスの立場が上になってしまうが、それでも帝国の王族の身内となれば、この国の王族よりも発言力も影響力も上になれるだろう。

 例え伯爵に落ちようとも。


「早く帰って来い、フローレス」

 ふぅ、と息をき、ホープは執務椅子へと座った。

 目の前のソファには、退室して良いのか迷ってるのか、扉とホープの間を何度も視線を移動させるインクで汚れた伯爵が座っている。



 蟄居ちっきょ先は、ベリルの治める伯爵領にしてやろう。

 可愛い可愛いルロローズと一緒に過ごせるのだ。

 両親も本望だろう。


 そんな事を考えていたら、執務室の扉がノックも無く無作法に開かれた。

 チッ。

 短く舌打ちをして、入って来た予想通りの人物を睨み付ける。

 しかし、その人物の口から発せられた言葉は、ホープの、いやオッペンハイマー家の予想を遥かに上回る惨害さんがいだった。


「フローレスが逃げたわ!」

 部屋に飛び込んで来たルロローズは、1枚の紙を握りしめていた。



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