第42話:希望的観測




「私の趣味で選んだのですが、どうでしょうか?」

 フローレスの侍女が、間取り図と外観図を3組机に並べた。

「何これ」

 フローレスは並べられた図を見て、頭を抱える。

「もっとこぢんまりとした家をお願いしたつもりだったのだけど!?」

 どう見ても家では無く、屋敷である。


 使用人が居ないと管理出来無い屋敷。

 フローレスと侍女だけではなく、料理人やメイドも必要だろう。

「私としては、ちょっと裕福な平民の家を想像してたのよ?」


 フローレスは1枚の間取り図を手に取る。

 エントランスがあり、執務室があり、応接室とサロン、主寝室に客間に使用人部屋まである。

 当然規模に合わせて厨房も広い。

 使用人は何人必要だろうか。

 今は本の売上げがあるにしても、ずっとその金額が入ってくるわけでは無いのだ。


「大丈夫ですわ、お嬢様。金持ちを捕まえれば良いのです!」

 侍女がニコニコと笑う。

「私は、望まない結婚を退ける為に頑張っているのよ?逃避行先の家の為に結婚するなんて、本末転倒だわ」

 フローレスが手に持っていた紙をヒラリと落とす。


「あら、違いますわよ、お嬢様。望んだ結婚の相手が、お金持ちなら良いのですわ」

 侍女が微笑みながら言うが、フローレスは納得いかない。

「そんなに世の中上手く出来てないわ」

 それでも侍女は「そうでしょうか?」と自分の意見を曲げなかった。




 フローレスとルロローズの卒業まで、あと3ヶ月となった。

 学園は3年制なのだが最後の1年は任意で、殆どの女性徒は2年で卒業する。

 18までに結婚するには、17で卒業して婚家で花嫁修業しなくては間に合わないのだ。


 入学前はガッツリ3年間通うつもりだったフローレスだが、今は一刻も早く卒業し、婚約者候補から外れる事を望んでいた。


 他国に用意した隠れ家だが、結局は侍女の強い希望で、家では無く屋敷を購入した。

 せめてもの抵抗は、提示された3件のうちの1番小さい屋敷を選んだ事だろうか。

 だがそれも侍女の「やはりこれですよね」という台詞に、手の平の上で転がされていたと感じたフローレスだった。



「オルティス帝国では、どんな服が流行ってるのかしら?」

「こちらより美味しい甘味が多いとか」

「治安も良いし、最高に良い国ですわよね」

 フローレスは首を傾げる。

 最近、オッペンハイマー侯爵家の使用人達がオルティス帝国の話をしている事が増えた。


 アダルベルトのせいかと思ったが、むしろ来なくなってからの方が話に花が咲いている。

 ルロローズが一方的に断った緑属性の訓練。

 木を膝丈まで成長させる事が出来るまでには、どうにか上達していた。

 ただし、5分以上掛かるが。


 兄のホープよりは少し上のレベルだろうか。

 ホープは10分近く掛かるから。

 まぁ、どちらにしても治癒魔法取得は無理なレベルだ。


「皆でオルティス帝国に旅行に行くのかしら?」

 フローレスは侍女に聞いてみたが、笑顔を返されただけだった。



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