第40話:新たな決意



 フローレスとアダルベルトの不貞の噂は、学園内にはおかしな事になっていたが、市井ではフローレスの思惑通りの噂が流れていた。


「例の小説のモデルになった姉、本当に不貞行為をしてるらしいよ」

「私の姉の旦那の友人の親戚が見たらしいのよ」

「知り合いの知り合いが貴族の家で働いてるらしいんだけどね、姉が妹を虐めてるんですって」

「そんな人が王子と結婚して良いのかい?」


 世論に後押しされて、何となく王宮内でもルロローズを第二王子の婚約者にした方が良いのでは?という雰囲気になっていた。




 最新刊であり、最終巻になる予定の原稿を執筆しながら、フローレスはある疑問に行きついた。

「ねぇ、私、この家に居る必要あるかしら?」

 ふとフローレスが侍女に聞くと「今更ですか?」と冷たい返事をされてしまった。


 ルロローズばかりを可愛がる両親に、親戚。

 自分の事しか考えていない自己中心的な兄。

 姉の婚約者に横恋慕し、平気で奪い取る妹。



「誰も私を知らない所へ行きたいわ」

 フローレスは静かに呟く。


 王家はフローレスを利用する事しか考えていない。

 優秀だと認めないくせに、第二王子の婚約者候補から外そうとしないのがその証拠だ。

 第二王子との婚約が無くなっても、誰か側近との結婚を王命で出される可能性もある。


「逃げよう」

 フローレスはクローゼットの中から、箱に入った原稿料と印税を引っ張り出す。

 実際は箱は重過ぎて動かず、箱の中からお金の入った袋を1つ取り出しただけだが、それを侍女の目の前に突き出した。


「これで、どこかの国に家を買って、住めるように整えておいて」

 視線で箱の中身も使って良いと示すと、侍女は静かに金袋を受け取った。




「私、第二王子殿下の婚約者候補から外れたら、絶対に他国へ移住するわ」

 ある日、フローレスがおもむろに空を見上げ、おかしな決意を口にした。

 昨夜、侍女に他国へ逃げる算段を整えるように頼んだからだ。


「いきなりなんですの!?フローレス様」

 一緒に居た侯爵令嬢がフローレスに問い掛ける。

 今は昼食を食べ終わった食休みの時間で、皆で木陰でのんびりと過ごしていた。

 青い空に白い雲。とてもうららか日である。



「私、この国に何も未練が無い事に気付いてしまいましたの」

 フローレスの顔から、表情が抜け落ちた。

 無表情と評される原因となった表情だ。


「学園の卒業時に、婚約者が決定します。何も無ければ私に決まるはずでしたが、今ならルロローズが最有力です」

 フローレスの視線が、チラリと横へズレた。

 視線の先には、ヒソヒソと噂をしている令嬢達が居る。

 雰囲気から、好意的な噂をしているのでは無い事が見て取れた。


「世論もルロローズ推しです。婚約者候補だと発表されておりませんのに」

 そう。婚約者はフローレスだと、まだ皆は誤解したままなのだ。

「お三人方にはそれなりに親しくしていただいたでしょう?黙って居なくなるのもどうかと思って」

 少し淋しそうに、フローレスは笑った。



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