第29話:オッペンハイマー邸にて




 第三皇子が教師となっての訓練が始まる。

 場所は、いつもの小さい応接室である。

 朝からメイドと庭師が協力して、土を入れた植木鉢を何個も運び込んでいる。

 邸内を土で汚さないように、植木鉢の周りを水を通さない紙だか布だかで包んである。


「へぇ、色々使い道が有りそうね」

 ちょっと厚手のソレに触ったフローレスが呟くと、「例えば?」と後ろから問われた。

「そうねぇ。紙ならこれで小箱を作るかしら。薬とか、湿気を嫌うものを入れるのに最適よね」

「布ならば?」

「フード付きのケープコートとか、馭者が喜びそうよね」

「なるほど」

「…………?!」


 フローレスが振り返ると、執事に案内されたアダルベルトだった。

「お出迎えもせずに、申し訳ございません」

 フローレスが最敬礼をしようとすると、アダルベルトに手で制された。

「いや、授業の前に貴女と話がしたくて、執事に無理を言ったのだ」

 フローレスの視線を受け、執事が黙礼する。肯定の意味だろう。



 扉は開けたままだが、応接室内はアダルベルトとフローレスだけになった。

 不安になったフローレスが入口へ視線をやると、部屋を出てすぐの所に侍女が居るのが判った。

 スカートの裾が見えているのは、おそらくフローレスを安心させる為に態とだろう。

 気を取り直したフローレスは、アダルベルトへと笑みを向けた。


「改めまして、緑属性の教師役、ありがとうございます」

 フローレスがお礼と共に頭を下げると、今度は止められなかった。

「こちらこそ、大好きな小説の登場人物になれて嬉しいです」

 アダルベルトも、軽く会釈する。

 二人で視線を合わせて、フフッと笑いあった。


「帝国では販売されておりませんよね?」

 フローレスがアダルベルトへ質問する。

 出版社との契約に、他国での販売は含まれていなかったからだ。

「教授が送ってくれるのです。前は1冊でしたが、今は姉の分と2冊送ってもらってますよ」


 アダルベルトの返答に、思った以上に教授が大物のようで、フローレスは少し不安になった。

 そして何より、伯爵夫人の交友関係が気になった。

 だが聞いたら後悔する予感がしたので、一生知らなくても良いか、という気にもなった。



「教授から、モデルになった姉妹と王子が実在すると聞いて、本当に驚きました」

 アダルベルトが興奮気味に話すのを、フローレスは苦笑しながら眺めている。

 覆面作家のフローレスは、読者との本当の会話は、これが初めてなのである。

 しかも、裏の事情まで知っているのだ。

 反応に困ってしまうのは当然である。


 その後も、今までの話の感想を、矢継ぎ早に告げてくるアダルベルト。

 ガチの読者である。


「あの、ルロローズが来てしまう前に、本題に入っても?」

 照れて身の置き場が無くなってしまったのもあり、フローレスは話を切る。

「使用する種の種類についてですよね?任せてください」

 アダルベルトは、いつもの雰囲気に戻り微笑んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る