第20話:ストレスとジレンマ




 新しく発売された巻を読み終え、フローレスは本を閉じた。

 優しい優しい【ピンキー】は、努力家で皆に好かれている。

 今、ルロローズは小説の【ピンキー】の真似をして、本来の我儘で自分勝手な自分を抑え込んでいるのだろう。

 理不尽に使用人に当たり散らす事がなくなった


「ねぇ、ルロローズが訓練で使っている種は、誰が用意しているのかしら?」

 フローレスは、部屋に居たメイドに聞いてみた。

 このメイドは、前はルロローズを嫌っていたが、今では好意的になっている。

 いや、使用人全体がそんな状態である。


 ルロローズの態度が改善されたのもあるが、おそらく小説を読んでの影響もあるのだろう。

 但し、学園の生徒と違ってフローレスを心から慕っているので、フローレスに対する態度が悪くなったりはしない。



「確か、ルロローズ様が庭師の小屋から勝手に持って来ているはずです」

 何をやってるのよ、ルロローズ!

 フローレスは、思わず頭を抱えた。

 ルロローズの性格から考えて、隠されている種を「きっと珍しい種だわ!これを芽吹かせたら、皆が私を持て囃すはず!」とか言いながら持って来たのだろう。


「ありがとう。後で、庭師に私の所へ来るように伝えて」

 庭師への伝言をお願いすると「かしこまりました」と礼をして、メイドは部屋を出て行った。



「鍵付きの小箱に……ルロローズなら、小箱ごと部屋に持って来て、壊して開けるわね」

 自分で言って、自分で呆れてしまった。

 フローレスは大きアな溜め息を吐き出す。

僭越せんえつながら」

 いつもの侍女がフローレスに声を掛けてきた。

「何かしら?」

 秘密を共有している事もあり、フローレスはこの侍女をことほか信頼している。


「訓練を薬草とか、人の役に立つものに限定させれば良いのではないでしょうか。あの方は小説に多大な影響を受けておりますし」

 確かに!とフローレスは表情を明るくしたが、すぐに首を横に振る。

「考え自体はとても良いのだけれど、次の巻が発売されるまでは待てないわ」

 まだ前の巻が発売されてから日が経っていない。

 いくら人気があっても、それはちょっと普通ではない。




 困った時は、先生に相談!である。

 フローレスは伯爵夫人へと、ルロローズの毒草問題を相談した。


 庭師に話を聞いたら、机の一番下の引出しに『触るな危険』の注意書きを貼った箱があり、更にその中に毒草の種類毎に小瓶に入っていたらしい。

「箱ごととか、瓶ごと無くなれば気が付きますが、細かい物ですし数までは数えてません」

 それはそうだろう。


「番外編でも出しちゃう?」

 伯爵夫人は、事も無げに言う。

「番外編、ですか?」

 フローレスと侍女が顔を見合わせる。

「実はね、教授から相談されてるのよ」

 伯爵夫人が頬に手を当てて、態とらしく首を傾げる。


「何かねぇ、最近緑属性を学びたい人が多いらしいのよ。でも適性があるかどうかすら判らない人達に、一々対応してられないでしょう?でもその中に、本当に目覚める人がいるかもしれない、ジレンマよね」

 伯爵夫人がフゥと残念そうに息を吐き出す。


「だから、ピンキーの影響で始めた人達には、ピンキーが教えるべきよね」

 両手をパンッと鳴らした伯爵夫人は、とても良い笑顔でそう告げた。



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