第15話:重版される人気作




「重版が決定しました!」

 学園に入学して半年、侍女がいつもの出版社に次の原稿を持って行き、前巻の売上を持って帰って来たのだが、その時に興奮気味に報告してきた。

「普通の恋愛小説の倍近い数を印刷したのに?重版?」

 さすがのフローレスも驚いた。


「旅行どころか、別荘が買えますよ!」

 クローゼットの中の箱は、原稿が減った分お金が増えている。


 今回は第3巻を入稿したのである。

 第1巻は、出会いから学園入学までの話。

 第2巻は、学園生活と普段の屋敷での交流を書いたものだった。

 屋敷での交流は何を書いてもバレないので、盛大に盛った。


【屋敷でのホワイトは、ピンキーの服に紅茶を態とこぼしたり、服を破いたりと嫌がらせ三昧である。

 ある日、ピンキーの服の枚数が減った事に気付いたベリアル王太子は、ピンキーを街に誘った。新しい服を贈る為である。】


 真実味を持たせる為に、「私は予定があるので行けませんが、ルロローズの服を選んであげてください」と第二王子とルロローズだけで買い物に行かせたりもした。

 実はその時の予定とは、伯爵夫人との今回入稿した原稿の打ち合わせであった。



「怪我でもしたら完璧なのですが、それはさすがにね」

 その時の打ち合わせで、伯爵夫人は残念そうに呟いた。

 悪役令嬢の暴力は、定番の嫌がらせである。


「書くだけ書きましょうか。見えない所の怪我だと、皆様が勝手に理解してくださるでしょうし」

 そうして第3巻には、悪役令嬢に突き飛ばされたヒロインが怪我をする描写が書かれた。

 そして、無事に第3巻も出版され、本屋の店頭に平積みされる人気作となった。




 ある朝、足首に包帯を巻いたルロローズが朝食の席に現れた。

「あら、どうしたの?ルロローズ」

 フローレスが問い掛けると、「朝、寝ぼけてベッドから降りそこねました」そう言って笑っていた。

 しかし、第二王子が迎えに来て同じ質問をされると「いえ、それは……」と言葉を濁した。


 寝ぼけた事が恥ずかしいのだろうか?と深く考えなかったフローレスだったが、その日の夕方には、ルロローズの意図を理解した。

 いつの間にかルロローズの捻挫の原因がフローレスになっていたのだ。


 例の三人の令嬢が「フローレス様!妹君を突き飛ばしたと噂になってますわよ!」と報告に来て、その事実を知った。

 あの一件から何かあると、態々教えに来てくれる三人を、フローレスは密かに気に入っていた。



「フローレス様が廊下を歩いていたルロローズ様をいきなり後ろから突き飛ばしたと」

 侯爵令嬢が興奮気味に話す。

「それは、ルロローズが言っていたのかしら?」

「いえ、そう言われると、彼女の包帯を見たクラスメートが言い始めでしたわ」

 あら?と伯爵令嬢は首を傾げた。


 後日、噂の元であるクラスメートに侯爵令嬢達が確認すると、「そういえば、ルロローズ様は困ったように笑ってらしただけでした」と言っていたそうだ。

「まさかお姉様に突き飛ばされたのですか?と聞いたそうです」

 小説に毒され過ぎな質問の仕方である。


 そして、包帯をして登校したり、クラスメートの質問を否定しなかったルロローズ。

 彼女も小説の読者であると判明した。

 これからは、書いた小説をルロローズが率先して現実味を増してくれそうである。

 フローレスは、小躍りしたいほど気分が高揚した。



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