第13話:入学式当日




 学園の入学式では、ヒソヒソとした令嬢達の声が響いていた。

「ねぇ、あれって」

「お話でも侯爵家の姉妹でしたでわよね?」

「でも、お話では王太子様の婚約者でしたわよ?」

 周りの声を聞いて、フローレスは内心で高笑いをする。


 全て現実と同じ設定では、フィクションでは無くなってしまうではないか。

【この物語はフィクションです。実在する人物・団体とは関係ありません】

 そういう前提が必要なのだ。

 それでももしかして?その程度で良いのである。




 昨夜、本の売上を受け取って来た侍女は、「夏に豪華な旅行へ行きましょう!伯爵夫人もお誘いして!」と上機嫌だった。

 本屋では店頭にドーンと配置してもらい、広告看板も立て、庶民だけでなく貴族にも楽しめる話だと至る所で評論してもらった。

 勿論金を掴ませたのではなく、実際に読んでもらっての感想だ。

 その辺は、伯爵夫人である先生の力である。


 学園入学前には、【王子と婚約者とその妹】という図式が出来上がっていた。

 実際には『王子の婚約者候補である姉妹』なのだが、それでは令嬢達の気持ちは掴めないのだ。

 ヒロインには、障害が必要なのである。




 王家の馬車で一緒に登校した第二王子とオッペンハイマー姉妹は、入学式の行われる講堂へと向かう。


【『学園の入学式』

 ベリアル王太子は、氷の人形と呼ばれる婚約者である姉ホワイトのエスコートを嫌々ながらも行った。その後ろを、花の妖精のように愛らしい妹のピンキーは、悲しげについて歩いた。

 二人の後ろをついて歩いていたピンキーが、躓いて転びそうになる。

 ベリアル王太子はホワイトの絡みつく腕を外し、ピンキーを支えた。その後二人は、そのまま入学式会場まで連れ立って歩いた。

 二人の後ろを、悔しそうに顔を歪ませたホワイトが睨みつけるように歩いていた。】


「ねぇねぇ、ベリル様!同じクラスになれると良いですね!」

 第二王子の腕にしっかりと二本の腕を絡めて、ルロローズは歩く。

 その後ろをフローレスは静かについて歩いていた。

 講堂に三人が登場した途端、ザッと音がしそうなほど皆の視線が集中した。


「ほら、やっぱり……」

「あの物語は、実は暴露本なのでは?」

「秘められた恋人同士ですわね」


 フローレスは口元が歪まないように必死に耐えた。

 勿論、喜びの形に、である。

 入学式では第二王子が自分ではなくルロローズをエスコートするであろう事は、簡単に予想する事が出来た。

 その為、本では入学式までを収録したのである。

 余りにも単純で予想通りの二人に、フローレスは心の中で盛大な感謝を贈る。


 しかし傍から見ると、前の二人を睨んでいるように見えたのかもしれない。

「フローレス・オッペンハイマー令嬢ってば、お二人を睨んでおりますわよ」

 そこかしこで同じ囁きがされていた。



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