第12話:嘘の始まり




 王子妃教育が始まって2年が経った。

 来年はフローレスと第二王子の魔術学園への入学の年である。

 正確には、あと3ヶ月しかない。

 第二王子と婚約者であるフローレスとルロローズの定例お茶会も毎週行われている。


 そう。ルロローズも、第二王子の婚約者となった。

 実際にはフローレスとルロローズの二人が婚約者候補であり、魔術学園卒業までにどちらかに決定するのだ。

 本来魔術学園入学と同時に始まるはずだった成人分の教育は、婚約者が決定してからに延期された。



「ルロローズも一緒に学園に通う事に決まったぞ!」

 定例のお茶会で、ルロローズの横に座っている第二王子が、ルロローズの手を握りしめながら告げる。

「本当ですか?嬉しい!」

 ルロローズが素直に喜ぶ。

 フローレスは、それを冷めた目で向かいのソファから見ていた。


 ルロローズの王子妃教育は、まだ終わっていない。

 最後の友好国の歴史としきたりと、敵対国の社会情勢でつまずいている。

 社交や外交には必須の科目なので、外す事は出来ない。

 後々高位貴族へ嫁ぐ事になっても必要な知識なので、これは誰に泣きついても駄目な事はルロローズも理解していた。


 だが今回の学園への入学で、やる気に火が点いた事だろう。

 本来ならルロローズは、来年の入学だ。

 しかしそれだと王子の婚約者としての正当性や、評価の平等性が無くなるとルロローズと母親が訴えていたのだ。


 表立っては後押し出来ないフローレスは、伯爵夫人を通じてそれとなく賛成を表明していた。

「自分が選ばれた時に、不正が疑われたら困る」

 そう王家には伝えていた。

 反対する理由も特に無い為、ルロローズの特例での入学が許可された。




「やったわ!いよいよコレの出番ね!」

 お茶会が終わり自室に戻ったフローレスは、クローゼットの奥から箱を引っ張り出した。

 中には原稿用紙がギッシリ詰まっている。

 全て使用済……文字がビッシリと書かれていた。


 箱は重くて持ち上げられない為、必要な分だけを取り出して机の上に置く。

「幼少期と出会い編で1冊かしら?」

 フローレスが侍女へと質問する。

「多少分厚くなっても、ヒロインの優秀さが判るように、学園入学前まで纏めた方が宜しいかと」

 しばらく悩んだフローレスは、「そうね」と返事をしてもう二束の原稿を取り出した。


「これを契約済の出版社へお願いね」

 侍女は原稿をうやうやしく受け取る。

 伯爵夫人の校正も入った原稿である。

 出版しても問題の無い程度に、高位貴族の暗黙のルールも書いてある。


 それでもフィクションの娯楽作品だ。

 主人公は、第二王子の婚約者の妹。

 ピンクの髪と瞳が可愛い、素直な少女。


 第1巻は、第二王子と婚約者である悪役令嬢との出会い。

 そして悪役令嬢が王子妃教育を手抜きして期限前に終わらしてしまう事。

 その事実を心配した教育係が、偶然見掛けたヒロインに王子妃教育を施す事。


 悪役令嬢と第二王子の定例お茶会に、偶然ヒロインが参加する事。

 本当は乱入だが、そこは言葉を選んで夢物語に仕立て上げている。


 何せ、ここが運命の出会いである。


 それから密かに第二王子とヒロインが愛を育み、ヒロインの頑張りにより、1年早く学園に入学出来た事までが書かれていた。


「良かったわ。ルロローズが1年早く入学出来なければ、ここから後を全て書き直す事になるところだったわ」

 フローレスは、箱いっぱいの原稿を眺めた。



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