第11話:娯楽作品




 翌日、母親の元に王家から苦情の手紙が届いた。

 王子妃教育の教科書を「そんなもの」呼ばわりした事が、王家の耳に入ったのだ。

 勿論、犯人は伯爵夫人である。


 しかも王子妃教育の教科書は、限られた人しか触れてはいけない決まりだった。

 生徒本人と教育係、そしてそれぞれの侍女が一人ずつ。

 王子の婚約者の母親なのに、そんな事も知らないのか!という、かなりキツめのお叱りだった。


 その後、夫である侯爵にもコッテリとしぼられた侯爵夫人は、王子妃教育については完全に蚊帳かやの外になった。

 それどころか、王子妃教育に使用している応接室に近付くのも禁止された。



 フローレスは、必死に勉強しているルロローズを横目に見ながら、今日も小説を読む。

 今回のは今までの話とはちょっと違い、悪役令嬢がお馬鹿さんだ。

 ヒロインよりも大分頭の出来が悪く、成績は中の中である。

 特待生のヒロインは、ヒーローである王子とトップを争うほど優秀だった。


 更に公爵令嬢なのに、嫌がらせなどを自分の手で行う。

 貴族の常識では有り得ない。

 他人の目の有る所で平気でヒロインを池に落としたり、階段から突き落としたりする。


 しかも、その嫌がらせをした時には、まだ婚約者の王子ヒーローとヒロインは恋仲でも何でも無いのである。

 悪役令嬢からの嫌がらせを切っ掛けに、ヒロインとヒーローの仲が深まるのである。

「これは、王子が相手でなくても婚約破棄されるわよ」

 フローレスは、誰にも聞こえない位の小声で呟く。


 悪役令嬢は、思い込みだけで突っ走った結果、犯罪を犯しただけである。

「せめてヒロインと王子が恋仲ならば、正当な理由になるでしょうけど」

 今回のヒロインは、平民ではなく伯爵令嬢である。

 メイドの子ではあるが、メイドは子爵令嬢だった。

 婚外子だが認知はされているので、王家に嫁げる。




 王子妃教育が終わり、フローレスは自室で寛いでいた。

「設定としては有りなのに、お話に現実感リアリティが無いのよね」

 本日読み終わった小説を前に、ポツリと感想を漏らした。


 今まで読んだ小説が全てそうだった。

 平民が作者と思われる、貴族の規則などを完全に無視した夢物語か、貴族の規則はよく調べてあるのに、行動がいまいち貴族らしくない中途半端なもの。


 このような小説は、庶民の娯楽作品なのでしょうがないのかもしれないが、フローレスは納得いかなかった。

 伯爵夫人も読んでいたように、最近では貴族の女性の間にも恋愛夢小説が読まれるようになっている。

 下位貴族ならともかく、高位貴族ならば、物語の世界に入り込む前に「そうじゃない」感が気になってしまうだろう。



「私が書けば良いのよね」

 王家の事も、王子の婚約者としての心得も、王子妃教育の事も知っている。

 高位貴族としての行動も、違和感なく表現出来る。


「近くに良い見本も居るじゃない」

 ヒーロー役の王子に、ヒロイン役の可愛くて素直な女の子。

 中身はともかく、外面だけならば完璧なヒロインだ。

 そして、冷たく人形のようだと称される悪役令嬢。


 翌日、フローレスは自分付きの侍女に、密かに小説を書く用の原稿用紙とペンを買いに走らせた。



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