第9話:王子妃教育と伯爵夫人




「お久しぶりです、先生!」

 侯爵家を訪れた女性に、フローレスが笑顔で挨拶をする。

 王子妃教育を熱心に教えてくれた、フローレスを唯一褒めた教育係だ。

「ふふふ、また会えて嬉しいわ。復習が必要と聞いたのだけど?」

 本当に?そんな響きを込めて教育係の伯爵夫人が聞いてくる。


「はい、マナー以外を1からお願いします」

 ニッコリと微笑むフローレスは、自分の後ろに視線をやる。

 その視線で初めて、伯爵夫人は自分達以外にも人が居る事に気が付いた。

 伯爵夫人がフローレスに気付いたのを確認して、フローレスは自分の後ろに隠れていたルロローズを引っ張り出す。


「妹のルロローズですわ」

 ルロローズはオドオドとしてから、「初めまして」と挨拶をする。

 ちょっと気の弱そうな態度をすると、大人達にウケが良いのだ。

「マナーは本当に大丈夫ですか?」

 伯爵夫人がフローレスに質問する。

 その視線がルロローズを指し示しているのを見て、フローレスは「さすが先生だわ!」と、相手が自分の意図に気付いてくれた事を心の中で喜んだ。



 1番狭い応接室が王子妃再教育の勉強部屋になった。

 何時間も使用する為、普段殆ど使わないこの部屋が充てがわれたのだ。

 狭いとは言っても、侯爵家の応接室である。

 かなりの広さがあった。


 普段置いてあるローテーブルやソファは勉強に適さない高さなので、臨時で高めの椅子とテーブルへと交換されていた。

 既にテーブルの上には王子妃教育の為の教科書と、ノートが置いてある。


 フローレスは、自室から王子妃教育用の教科書に見せかけた、小説を持って来ていた。

 最初から復習をするつもりなど無かったのである。



「王妃様からの依頼では、フローレス様の再教育と、もう一人素質が有れば教育を、と言うものでしたの。それで間違い無いかしら?」

「はい、先生」

 フローレスが元気に返事をする。

 ルロローズは、「え?でもお姉様に悪いわ」などと遠慮している。

 勿論本心ではなく、その方が周りにウケが良いからだ。


「自信が無い方がやっても、王子妃教育は意味の無い事なの。特に16歳からの成人教育は国家機密も関わってくるから、これを受けてしまうと辞退は出来なくなるのよ」

 伯爵夫人の説明に、ルロローズの目が輝く。

「今ならまだ、お姉様はベリル様の婚約者に確定していないのですね!?」

 ルロローズの言葉に、伯爵夫人は緩く首を振る。


「婚約者に確定はしています。但し、もっと有能な方がいらっしゃれば、交代する事はありえますわね」

 伯爵夫人はチラリとフローレスを見た。

 フローレスは、机の陰からコッソリと親指を立てて見せる。

 自分が王子妃になった空想でもしているのか、斜め上を見たまま固まっているルロローズは気付かない。


「私!王子妃教育を受けますわ!」

 ガバリと前を向いたルロローズは、机の真ん中に置かれた教科書とノートを、自分の所へ引き寄せた。

 ルロローズは、まんまとフローレスの策にはまった。



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