第96話 彼女のメイド服

 文化祭を数日後に控えた校内には当日までに準備を終わらせなければという慌ただしい雰囲気が漂っている。

 準備に奔走し校内を走り回っている生徒を見ることも珍しくない。


 そんな中僕たちのクラスは、藤田さんたちのクラスにかなり遅れて文化祭で女子たちが着るメイド服を完成させた。


 そして今日はその服の試着と、男子へのお披露目会の日である。


「神凪がさんのメイド服姿、楽しみだな」

「……まあ楽しみじゃないって言ったら嘘になる」

「お熱いねぇ」

「うるさい。翔太だって雨森さんのメイド服姿、楽しみにしてるだろ」

「そりゃ彼女だからな。男なら誰しも彼女のメイド服姿なんて一度は見てみたいと思ってるだろ」


 『誰しも』ではないと思うが、実際僕も千紗乃のメイド服姿をかなり楽しみにしているので否定はできない。


 とはいえ、千紗乃は男子からの視線を気にしているので、丈の短いメイド服は着ないかもしれない。

 

 クラスの女子全員が着ることにはなっているので断れないとは思うが、この前の千紗乃の様子なら全力で拒否する可能性もある。


 そりゃ千紗乃が嫌な思いをするのは僕だって嫌だが、千紗乃のメイド服姿は見てみたいし、何よりみんなでメイド服を着て文化祭を楽しんでほしいと思っている。


 千紗乃がメイド服をから可能性は低いだろうが、僕にできることはやれるだけやったつもりだ。


「よーし、女子がみんな着替え終わったから今から教室入ってもらうからなー」


 そう言って先生が教室の扉を開けると、メイド服を着た女子生徒たちがぞろぞろと教室に入ってくる。


 千紗乃は中々教室の中に入ってこない。


 千紗乃がメイド服を着ていますようにと祈りながら女子たちが教室に入ってくる様子を伺っていると、千紗乃は最後に教室へと入ってきた。メイド服姿で。


 思わず手で遮りたくなる程眩しい千紗乃の姿に男子生徒からは歓喜の声が上がり、教室内のボルテージはマックスとなっている。


「よし、いくか」

「……そうだな」


 僕は翔太と一緒に千紗乃と雨森さんの元へと向かった。


 翔太は雨森さんのメイド服を褒め、二人で会話に花を咲かせている。


 そして僕も、千紗乃に声をかけた。


「似合ってるな。可愛いよ」

「……本当は着る気なかったんだけど、ロングタイプのメイド服もあるって言うから」  


 千紗乃が着ていたのは丈の短いメイド服ではなく、ロングタイプのメイド服だったのだ。


 露出が少ないことを嘆く男子もいたが、そんなことは気にならないくらい千紗乃が可愛い。


「よかったな。丈の短いメイド服だけじゃなくて。ロングタイプでも十分可愛いよ」


 これまでの僕なら素直に可愛いという言葉を口にすることはできなかっただろうが、今はすんなりと言葉が出てくる。


「……藤田さんより?」

「へ、なんて?」

「藤田さんより可愛い?」

「友達より彼女のことを可愛いって思うのは当たり前のことだろ?」

「……そっ。もし藤田さんの方が可愛いって言ってたらぶん殴ってたけど」

「いやおい物騒だなそれ」


 まだ完璧に関係が修復できたわけではないが、少しずつだったとしても、改善の方向に向かっているのではないだろうか。


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