第95話 メイド服

 千紗乃との関係が悪化してから一週間が経過したものの、依然として千紗乃が機嫌を直してくれる様子はない。


 ある程度普通の会話はできるようになってきたものの、以前のようにとはいかないのが現状である。


「まだ喧嘩中なのか?」


 頭を抱えている僕を見かねてか声をかけてきたのは翔太だ。


「そうだよ。というか千砂乃が僕に腹を立ててるだけで、僕は早く仲直りしたいと思ってるしこれが喧嘩というのかどうかは定かではないけど」

「喧嘩喧嘩……」


 僕の屁理屈を聞いた翔太は喧嘩の意味をネットで調べ始めた。


「難しいこと書いてあったりもするけど、大体のサイトに言い争うことって書いてあるな」

「じゃあこれは喧嘩じゃないってことだな」

「灯織は仲直りしたいと思ってるんだろ?」

「まあそりゃ……。今は逆撫でしない方がいいかと思ってこっちから絡みに行くのはできるだけ避けてるけど」

「じゃあ呼んできてやる。気まずいだろうから音夢も一緒に」

「え、ちょ、翔太⁉︎」


 翔太は僕にの意見を聞くこと無く、千紗乃と雨森さんの元へと歩いていく。


 翔太の急な行動に、僕は翔太を止めることができず慌てながらも自分の先にただ座っていた。


 すると、大きな足音が少しずつ僕たちの教室に近づいてきて、既視感を覚えずにはいられなかった。


 これはまずいやつなのでは⁉︎


「本庄君‼︎ 見てください‼︎ メイド服です‼︎」

「え、ちょ、ちょっと藤田さん⁉︎」


 僕たちのクラスはまだ完成していないが、藤田さんのクラスは文化祭で着るメイド服がもう完成したようで、メイド服姿の藤田さんが僕の元へと走って来た。


 翔太が千紗乃たちを呼びに行ったこのタイミングで、メイド服を着て僕のところに来られるのはかなりまずい。


 以前のように密着されてしまえば、ただの制服で密着されたこの前よりも千紗乃の機嫌が悪くなってしまう可能性がある。


「どうですか? 似合ってますか?」

「似合ってるとか似合ってないとかの前に‼︎ 近い‼︎ 近いから‼︎」

「あ、そうでしたね。前も注意されたのに私ったらすいません」


 注意されてふと我に帰った藤田さんが僕から離れ、僕は恐る恐る千紗乃の方へと視線をやる。


 そして千紗乃の表情を確認した僕は凍りついた。


 千紗乃は大きく表情を変化させること無く、ただ少しだけ目を細めた冷たい視線で僕を見ながら僕の方へと向かって来たのだ。


 こ、これは終わった……。


「お、藤田さんかわいっ」

「雨森さん‼︎ ありがとうございます‼︎」


 まあとりあえずは藤田さんが僕から離れてくれたので良かったが、密着したままだったらと考えると肝が冷える。


 そして千紗乃は相変わらずジト目で僕の方を見ている。


「灯織君は可愛いって言ってあげたの?」

「……へ?」


 千紗乃からのまさかの言葉に僕は目を丸くする。


 千紗乃が近づいて来たからには、ここで藤田さんを褒めるようなことをすれば僕は更に機嫌を悪くさせてしまうと思っていたのだが、どういう意図で僕にそんな言葉をかけて来たのだろうか。


「だから、可愛いって言ってあげたのかって」

「い、いや……。その……」


 僕が言葉を詰まらせていると、藤田さんがキラキラとした目で僕の方を見つめてくる。


 僕がどうしようもなく、千紗乃の方をもう一度見ると、千紗乃はため息をついた後で、顔を藤田さんの方は使ってくいっと動かした。


「可愛い……と思う」

「……っ‼︎ あありがとうございます‼︎」


 藤田さんはおやつを与えられた子犬のように喜んでいるが、このやり取りで僕と千紗乃の関係は更に悪化しているような気がした。

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