第94話 すれ違い

 学校で灯織君が藤田さんと密着している場面を目撃し、更に機嫌が悪くなってしまった私は帰宅してきてからすぐに自分の部屋に閉じこもった。


 今はできるだけ灯織君と口を聞きたくない。


『何よ何よ何よ!! 私にはやめとけって言ったくせに藤田さんにはデレデレしちゃって!!』


 私は溜まりに溜まっていた不満を布団に向かって思いきり吐き出した。


 私が誘惑しようとした時は頭ごなしにやめろと注意しておいて、なんで藤田さんが体を寄せた時は胸元見ながら鼻の下伸ばしてるのよ。


 私より藤田さんの方が魅力的だって言ってるようなものじゃない……。


 私が不満を爆発させていると、布団の中に閉じこもっていた私ではあったがわずかに部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。


「晩御飯置いとくからな。僕はお風呂入ってくるから」


 優しい言葉が私の心に突き刺さる。


 今回の件については灯織君に非があるわけでもないのに、私が一方的に怒っているだけだ。


 露出多めの服で誘惑してきた私に真っ当な理由で注意しただけで機嫌を損ねられた灯織君からすれば、何が何だか分からないだろう。

 逆に灯織君が不機嫌になってもおかしくないような状況ですらある。


 それなのに、灯織君は何を言うでもなく、怒っている理由を訊いてくるわけでもなくただただ私に優しくしてくれる。


 晩御飯を置いてすぐにお風呂に入ってくるという行動も、私が扉の前に置かれたご飯を取りやすくするための配慮なのだろう。


 そんな風に優しさを向けてくれている灯織君に対して、私は今あまりにも酷い態度を取ってしまっている。


 恩を仇で返しているようなものだ。


 そう理解はしているものの、一度出してしまった剣を鞘に収めることは容易ではなく、この後しばらくの間、私たちの関係が修復されることはなかった。





 千紗乃の部屋の前に料理を置いた僕はお風呂へと入った。


 どのようにして千紗乃と仲直りしようかと考えながら過ごしたせいでいつもより疲労が溜まっており、温かいお風呂が体に染みる。


 流石に千紗乃の前で藤田さんに密着されたのはまずかったよなぁ。


 完全に火に油を注ぐ形となってしまった。


 藤田さん、見た目よりも胸大きかったな……。


 じゃなくて!?


 今まさに反省をしている最中だったというのに、何を考えてるんだよ僕は……。


 --あ。


 まさに反省の最中に邪な気持ちになってしまったことは謝罪するが、そのおかげで気付いたことがある。


 僕はやっぱり千紗乃が好きだということだ。


 千紗乃が僕を誘惑してきた時は、千紗乃に対する純粋な下心よりも、僕以外の男子にそんなことをするのではないかという不安が頭をよぎった。


 しかし、藤田さんが身を寄せてきた時は不安なんて感情が湧き出てくることはなく、純粋な下心で藤田さんの胸元に目がいってしまった。


 いや、それはそれで藤田さんに対しては最低なことをしているなという自覚はある。

 とはいえ、僕だって健全な男子高校生なので、女子生徒の胸元が気になってしまうことくらいは許してほしい。


 とにかく、藤田さんに対しては湧き出てこなかった不安という感情を千紗乃に対しては抱いてしまったのだから、僕は間違いなく千紗乃が好きだ。


 それを再度認識できたことだけでも僕としては収穫だ。 


 千紗乃にこの気持ちを、僕が千紗乃にだけ強く注意をしてしまった理由を、正直に話せたらどれだけ楽なことだろう。


 今までの僕ならきっと、今後もこの気持ちを伝えるなんてことは無理なのだろう。


 そんなことを考えながら、僕はのぼせ気味でお風呂を出た。

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