第93話 知らぬ間に
バタンっという大きい音で僕は思わず目を覚ます。
最初は驚きで何が起きたのか全く理解できなかったが、今の大きな音が何だったのかは少し考えれば直ぐに理解することができた。
ベッドを出て自室の扉を開けリビングに入るが、そこに千紗乃の姿は無い。
洗面所やトイレにも千紗乃の姿はなく、千紗乃の部屋にも千紗乃の姿は無い。
最後に一応玄関にもやってきて千紗乃の靴があるかどうかを確認するが、もちろん靴も置かれてはいなかった。
先程の大きな音は、千紗乃が家を出ていく時に玄関の扉を力強く閉めた音だったのである。
その状況を理解してしまった僕は思わずため息をついた。
「なんであんなに怒ってるんだよ……」
千紗乃が怒ったのは、やたらと僕を誘惑してくる千紗乃に対して僕が厳しい言葉で注意をしたからだ。
露出が多く、やたらむやみに誘惑をしてくるので注意しただけなのに、なぜこれ程までに怒っているのだろうか。
ただ僕は、千紗乃のあんな姿を他の男に見られたくなかっただけなのに……。
何も分からずどうにもやる気が起こらないが、遅刻するわけにもいかないので僕は学校に行く準備を始めた。
学校に到着して教室に入り、千紗乃がいつも通り雨森さんと2人で会話をしている姿を見て一安心しながら自分の席へと座る。
今の千紗乃からは怒っている雰囲気を感じ取ることはできない。
--っ⁉︎
そう思っていた瞬間、千紗乃は雨森さんが他のクラスメイトに喋りかけられて後ろを振り向いたタイミングを見計らって僕の方を睨みつけてくる。
そして雨森さんが千紗乃へと視線を戻す前に元の方向へと視線を戻した。
え、ちょ、普通に怖いんだけど。
「よっ。今日も辛気臭い顔してるな」
千紗乃の方を見つめる僕に話しかけてきたのは翔太だ。
翔太には僕と千紗乃の間に何かあったことを表情だけで気付かれてしまったらしい。
「昔に比べたらだいぶ改善された方だとは思うけどな」
「昔はゾンビみたいな顔してたしな」
「それは言い過ぎだろ」
「まあまあ、もうすぐ文化祭なんだし、早めに仲直りしとけよ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
そうしてチャイムがなり、先生が教室に入ってきて僕たちは1限目の授業を受け始めた。
1限目の授業で文化祭の出し物について意見を出し合った結果、僕たちのクラスの出し物は順当にメイド喫茶となった。
このクラスには学校1のS級美少女、千紗乃と共に雨森さんなどレベルの高い女子が揃っている。
そうなれば、男子が無理矢理にでもメイド喫茶を押したくなる気持ちは分かるが、僕としては心中穏やかではない。
「そんなに神凪のメイド服姿を誰かに見られるのが嫌なのか」
「……なんでお前は当たり前のように僕の心の中を読むんだ」
まさに翔太に指摘された通り、僕は千紗乃のメイド服姿を他の男子生徒に見られることを嫌がっていた。
彼氏でもないのに、彼氏ヅラしてそんなことを千紗乃に言えるはずもないが、やはり千紗乃のメイド服姿を他の男子に見られるのは許しがたいことだった。
「本庄くーん‼︎ 私たちのクラスの出し物、メイド喫茶に決まりました‼︎」
驚きの事実を口走りながら僕の元へと走ってきたのは藤田さんだ。
僕に好意を寄せてくれているのはありがたいが、周りの視線が痛いのでできるだけベタベタはしないで欲しい。
仮にも千紗乃と付き合っていると話している身なのだから。
というか、まさかそっちのクラスもメイド喫茶を?
「え、藤田さんのクラスも?」
「え? も? ってことは本庄君のクラスも?」
「そうだよ。まさか同じ出し物になるとはな……っていうか早く離れてくれないか」
「ああ、すいません私ったら……」
藤田さんのクラスもメイド喫茶をするという事実に驚いたが、それよりも藤田さんが座っている僕に密着してきて胸を押し付けてくるのが気になって、早く僕から離れるように促した。
--!?
まさかとは思いながら千紗乃の方に視線をやると、まさに鬼の形相といっても過言ではない表情で千紗乃が僕の方を睨んでいた。
こ、これは違う!! 不可抗力で!!
……と説明をしに行こうとする前に千紗乃は僕から視線を逸らし、この日はそれ以来学校で口をきいてくれることはなかった。
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