第92話 文化祭編

「ふぅ〜。気持ちよかったぁ」


 いつもとはどこか違う声色に、ソファーに座っている僕の真横に座ってきた千紗乃の方へと思わず視界を移す。


「なっ、ちょ……」


 千紗乃は今まで来ていたパジャマとは違う新しいパジャマを着て僕の横へと座った。


 そのパジャマが普通のパジャマなら問題はない。


 しかし、千紗乃が新しく着てきたパジャマはショートパンツタイプだったのだ。


 季節も夏から秋へと移り変わる頃で、夏の暑さもかなり落ち着いてきたというのに、なぜこの時期に生地の少ないパジャマに変えたのだろうか。


 そこまで短いショートパンツを着られると目のやりどころに困る。


「どうかした?」


 僕の動揺を感じ取ったのか、千紗乃は不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。


 動揺を悟られないために僕は平静を装った。


「パジャマ変えたんだな。寒くないかそれ」

「んーちょっと寒いけど、女の子はオシャレが命なんだから。寒さを理由にオシャレじゃないパジャマを着るのは嫌なのよ」


 そう言いながら千紗乃は足をソファーに上げ、膝ん抱えて座は始めた。


 やめろ‼︎ ショートパンツでその体勢をされるとさ、その、見えてはいけない物が見える可能性が‼︎


「いや、普通可愛さより防寒性を優先するだろ。もう秋で肌寒い日だってあるくらいだし」

「女の子が真冬でも外でスカートとかショーパンとか履いてるの見たことあるでしょ?」

「……まあ確かに」


 パジャマについてある程度会話をした僕はその後の話題も見つからず会話が無くなってしまう。


 何か別の話題で気を紛らわせなければ。


「そういえばもうすぐ文化祭だな」

「……そうね。私たちのクラスは何するのかしら」

「まだ文化祭実行委員も決まってないし、どうせメイド喫茶とかお化け屋敷とかじゃないか」

「……そうね。私のメイド服姿、見てみたいと思う?」


 見たくないといえば嘘になる。


 しかし、ここで正直に見たいと答えれば気持ち悪いやつと思われてしまうかもしれない。


「……さぁな」

「えーなんで濁すのよ。ほら、このパジャマみたいに、露出度高めなメイド服とか見てみたくない?」


 そう言いながら、千紗乃はズボンの裾を掴んでヒラヒラと動かす。


 その瞬間、僕の頭の中に性的な欲求が漲ってくるのを感じた。


 健全な男子高校生の僕が、S級美少女のそんな姿を見て興奮しないでいられるわけがない。


 その場ですぐに抱きついてしまおうか。


 そんな考えが頭をよぎったものの、僕の自制心が必死に働き欲求をかき消してくれる。


 そうして僕は、ショートパンツの裾をヒラヒラとさせる千紗乃の腕を両手で抑えた。


「ちょ、ちょっと何するのよ」

「何するのじゃないだろ。不用意に男の前でそんなことするな」

「な、何よ怖い顔して」


 怖い顔をしていないと自制心が効かせられそうにないという理由が半分と、実際千紗乃に対して怒っているのもあった。


 僕が今ここで怒らなければ、千紗乃は今後別の彼氏でもなければ好きでもない男の目の前で同じことを繰り返す危険性があるからだ。


「そんなことして嫌な思いでもしたらどうするんだ」

「べ、別に嫌な思いなんて……」

「ダメだ。二度とするなよ」

「……によ」

「え? なんて?」

「何よ‼︎ どうせ私みたいな魅力も何にもない女の子の下着なんて見たくないっていうんでしょ⁉︎ 分かったわよ‼︎ もう絶対灯織君の前でそんなことしてやらないんだからぁ‼︎」


 大声を上げながら、千紗乃はものすごい剣幕で僕の前から立ち去り、自分の部屋の扉を強く閉めた。


「……え?」


 こうして僕たちの関係が終着点へと至る最後のイベント。


 文化祭編が幕を開けたのである。

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