第5章
第85話 ファーストアタック
十月に入り夏の暑さが和らいで少しずつ寂しい雰囲気の漂う季節となってきた。
夏場は登校するだけで死んでしまうのではないかと思っていたが、ようやく涼しくなり、まさに登校中の僕は青空を見上げている。
月日が経過していくのは早いもので、千紗乃と許嫁になり関わりを持つようになってから半年が経過した。
『早いもので』とは言っているがこの半年で起きた出来事は五年分くらいの濃すぎる内容なので、とてもじゃないが千紗乃と知り合って半年しか経過していないとは思えない。
とはいえ、事実上の関係は何も進展していない。
進展していないどころか許嫁から友達へと後退している。
いや、まあ僕たちにとってそれは進展だったんだけど……。
とにかく、これ以上今のままではいられない。
早く千紗乃との関係を進展させなければ、僕と千紗乃はただの友達で終わってしまう。
そんなことを考えながら校舎に入り教室の前までやってきて教室へ入ろうとしたところで後ろから声をかけられた。
「ほ、本庄君‼︎」
「……藤田さん。どうかした?」
僕に声をかけてきたのは藤田さんだ。
藤田さんに僕と千紗乃が付き合っていないという事実を伝えてから一ヶ月程が経過したが、学校で話しかけてくる以外の積極的はアプローチは無い。
まあ僕としてはその方が安心なんだけど。
「あ、あの、今日の放課後、二人で遊びに行きませんか……?」
安心していたところでやってきたボディーブローに動揺しながらも、平静を装って会話を続けた。
「ふ、二人で?」
「は、はいっ。迷惑でしょうか……?」
迷惑ではない、が、問題はある。
「迷惑ではないけど……」
「けど……?」
僕にとっての問題、それは千紗乃のことだ。
千紗乃とは付き合っていないと告白してしまっているので『付き合っているから遊びに行けない』という言い訳はできない。
しかし、千紗乃に気を寄せている僕が千紗乃以外の女子と遊びに行くのは裏切り行為に当たってしまう気がする。
裏切るも何も千紗乃と付き合っているわけでもなければ僕の気持ちを伝えているわけでもないので裏切りにはならないけど。
「えーっと……」
「どうかしたの?」
「--っ⁉︎ 千紗乃⁉︎」
僕が返答に悩んでいると教室から出てきた千紗乃が声をかけてきた。
「何よ、そんなに驚いて」
「別に驚いてないけど。トイレか?」
「そんなことこんな場所で訊かないでくれる?」
「あ、ごめん」
「それで、どうしたの?」
「あ、いや、その--」
「私が本庄君を二人で遊びに行きましょうって誘ったんです‼︎」
正直に返答すると藤田さんに迷惑をかけてしまうかもしれないと千紗乃にどう返答しようか悩んでいると、藤田さんは僕たちが何をしていたのか正直に答えた。
「ふ、藤田さん⁉︎」
「元から神凪さんには伝えるつもりでしたから」
「え、そうなの?」
「はいっ」
卑怯な手を考えていない正々堂々とした真っ直ぐな瞳を見ていると、藤田さんが本当に誠実な人間であることが伝わってくる。
いやほんと僕ちょっと助けられたからってくらいでなんでこの子に好かれたんだろう。
「別に私に止める権利は無いけど」
「じゃあいいんですか?」
千紗乃に止める権利が無いのは理解しているが、好意を寄せている身としては是が非でも引き留めてもらいたい場面ではある。
しかし、千紗乃に僕を止める気は無さそうだ。
「……昨日の夜、今日の夕飯の筑前煮準備しちゃったから遊びに行かれると困るんだけど。だから……藤田さんも私たちの家くる?」
「……へ?」
これはまさか、嫉妬してる……?
いや、まさかそんなはずがない。
僕が藤田さんと遊びに行けば晩御飯を食べてくる可能性があるので、そのせいで筑前煮を消費できないのが本当に困るだけのはずだ。
それなのに、千紗乃はどこか不安気な表情で視線を一瞬こちらへと向けてきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます