第72話 前進

 父さんたちに僕と千紗乃の本当の関係を打ち明け終えた僕たちは部屋に戻り、帰宅の準備を進めていた。


「ふぅ……。なんとか乗り切ったな」

「乗り切ったと言えるのかどうかは怪しいところだったけど」


 千紗乃は僕に赤面した表情を見られてから完全に黙り込んでしまったので、確かに乗り切ったとは言えないだろう。


「なぁ、そういえば今後どうするべきか相談しなきゃいけない内容があるのを忘れてたんだけど言っていいか?」

「何よ、相談しなきゃいけないことって」


 僕自身今こうして落ち着いた状態で帰宅の準備を進めるまで気付いていなかったのだが、嘘の恋人関係を終わらせてしまった今、僕たちが今後どうするべきかを考えなければならない内容があることをすっかり忘れていた。


「僕たちもう嘘の恋人じゃなくて普通の友達に戻ったわけだろ? 今後二人で同棲してるアパートか実家のどっちで生活したらいいんだろうな」

「……確かに、すっかり抜け落ちてたわね」


 普通の友達に戻ってしまったからには今まで通り同棲生活を続けて行くべきではないことは明白である。


 年頃の異性が同棲だなんて色々と問題しかないからな。


 それならば、お互い実家に戻るべきなのだろうが、名残惜しさもありまだ千紗乃と二人で同棲をしていたいというのが本音だ。


 しかし、僕は千紗乃と『嘘の恋人』というあやふやな関係ではなく『友達』という明確な繋がりを持ちたかったのだ。

 そのためには同棲生活を失うという多少の犠牲は払うべきなのかもしれない。


 いや多少じゃないけど。


「まあ流石にこのまま同棲生活を続けるわけにはいかないよな。普通に考えれば本当に付き合っていたとしても高校生が異性と同棲するなんてあり得ない話だし」

「まあそれはそうよね……」


 どうにかしてこのまま千紗乃と同棲を続けてはいけまいだろうかと考えるが、それが現実的ではないのも理解している。


 僕は重たい口を開いた。


「……うん、やっぱりこの旅行から帰ったら実家に--」

「いいんじゃない? 今のままで」

「……え?」


 千紗乃は僕の提案を途中で遮り、今のままでいい、要するに同棲を続ければいいと言ったのだ。


 それが何を意味するか、理解はしてはいるのだがやはり理解に苦しむ発言だった。


「私はまだ同棲をやめたいとは思ってないし」

「え、お、おまっ、それ自分が何言ってるのかわかってんのか?」

「い、言いたいことは分かるからそれ以上は言わないで。もう灯織君だって気付いてるでしょ? 私が灯織君と友達以上の関係だって思ってるって」


 流石の僕だって、千紗乃から『大切な人』と言われたり、ここまで嘘の恋人関係を続けてくれていたことを考えれば千紗乃が僕のことをただの友達としか思っていないとは思っていない。というか思いたくない。


 しかし、そこまで直接的な言葉を千紗乃の口から聞くことになるとは思っていなかった。


 もういつだって僕との関係をスパッと終わらせられる状況にいる千紗乃が同棲を続けたいということは、千砂乃の言う通り、僕は友達以上の存在にはなれているらしい。


「そ、そうか……」

「う、うん……」

「父さんたちはなんて言うかな?」

「さっきの反応を見る限りだと許してくれるでしょうね」

「……だな」


 こうして僕たちの旅行は幕を閉じた。


 形式上は後退した僕たちの関係だが、間違いなく一歩、いや、10歩くらいは前進したのではないだろうか。

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