第4章
第73話 付き合ってる
波乱の夏休みを終え今日から二学期が始まった。
夏休みはゆっくりと過ごすつもりだったのに、千紗乃が家を出て行ったり、本庄家と神凪家による合同旅行に行ったりと息をつく暇なんて無かった。
長期連休で日頃の疲れを癒し、心身ともに万全な状態で新学期に臨む……なんて僕の理想は崩れ去り、これまで経験したどの夏休みよりも濃すぎる夏休みを過ごした僕はむしろ疲労が溜まってしまった。
とはいえ、千紗乃との関係が間違いなく前進したことはこの夏休みの成果と言えるだろう。
疲労が溜まる代わりに千紗乃との関係が前進したと考えればこの疲労も心地の良いものに変わる。
疲労は溜まっているものの、満更でもない疲労感を抱えながら僕は教室へと入った。
……ん?
僕の気のせいかもしれないが、教室中の視線が僕に注がれている気がする。
自意識過剰と言われてしまうかもしれないが、普段から目立たないように、迷惑をかけないようにと気を配って生きており空気を読むことに長けているぼっちの僕がそんな勘違いをするはずがない。
だとしたら、なぜ僕に視線が注がれているんだ?
そんなことを考えながら、とりあえず自分の席に向かおうと一歩目を踏み出したところで一人の女子生徒が僕に話しかけてきた。
「ね、ねぇ本庄君」
声をかけてきたのは同じクラスの田中さんだった。
千砂乃のように目立つ存在ではなく、お淑やかな女子メンバー同士で集まっていつも会話をしているのが印象的な生徒である。
今までほとんど会話をしたことがない田中さんが僕に何の用なのだろうか。
「何か用か?」
「本庄君って神凪さんと付き合ってるの?」
「……へ?」
予想外の質問に僕の思考は完全に停止してしまう。
これまでは僕たちが仲のいいカップルだと両親の耳まで届くように、自分たちから付き合っていると言いふらすことはないものの、僕と千紗乃が付き合っていることを隠そうとはしていなかった。
なので、千紗乃程目立つ生徒であれば僕と付き合っているという情報がすぐ広まるかと思っていた。
しかし、特に誰かに二人でいるところを目撃されるわけでもなく、翔太も雨森さんも誰かに言いふらしたりはしないようにしており、噂が広まることはなかった。
それがまさか、僕たちが嘘の関係を終わらせて別れたこのタイミングで僕と千紗乃が付き合っていると噂になるとは思ってもいなかった。
「そのね? 夏休みに旅行先で本庄君と神凪さんが一緒にいるっていうのを見た人がいて、本当なのかって今噂になってるんだけど……」
僕より先に学校に到着していた千紗乃は雨森さんと一緒に不安そうに僕の方を見つめてくる。
ついでに翔太も僕の方を心配そうに見つめている。
恐らく千紗乃には真実を訊きづらかったのだろう。
千紗乃はあまり女子生徒から好かれていないと言っていたし、僕か千紗乃、どちらに訊きやすいかと考えればスクールカースト最底辺の人間である僕に訊こうとなるのは理解できる。
となると、千紗乃も今まさにその話を聞いて驚いているといったところだろうか。
正直に答えるのであれば『付き合っていたのは事実だけど最近別れた』と答えるのが正解だ。
それが一番千砂乃にも迷惑がかからないし……。
「ああ。付き合ってる」
「--⁉︎」
まさか付き合っていると答えるとは思っていなかった千紗乃は声を出さないほどに驚いている。
直前までは千砂乃と別れたことを正直に話そうと思っていた僕だったが、色々と考えた上で付き合っていると答えたのだ。
今までの僕ならこんな状況で冷静さを保つことはできなかったのだろうが、今の僕には田中さんに返答すると同時に千紗乃の驚いた表情に思わず笑ってしまう余裕すらあった。
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