第67話 妹の助言

 部屋から逃げるようにして飛び出してきた私は露天風呂に入りながら夜空を眺めていた。


「はぁ……。これからどうしたらいいんだろ……」


 灯織君が何を言おうとしていたかは、これまで灯織君と同じ状況を過ごしてきた私だからこそ分かってしまう。


 灯織君は『この関係を終わらせよう』とでも言うつもりだったのだろう。


 それは決して灯織君が私と別れたかったからではなく、灯織君が『千紗乃は僕と別れたいと思っているはず』と考えているからだ。


 変わってないなぁ……。


 出会った時も、こうして仲が深まってからも、自分が第一ではなく私のことを第一に考えてくれる。


 そんな優しさに惹かれて私は灯織君を好きになったのだ。


 だからこそ、私は頭を悩ませている。


 人生の岐路に立たされていると言っても過言ではないだろう。


 私と別れようとしている灯織君と、別れたくない私。


 これからどうしていくべきなのかなぁ……。


「お、お姉ちゃんじゃん」


 物思いにふけていると、急に声をかけてきたのは妹の百華だった。

 露天風呂の扉が開く音や、百華の足音に気付かない程に考え込んでしまっていたらしい。


「あれ、百華? 一人で来たの?」

「うん。有亜も誘ったんだけど、お腹いっぱいでもう動けないーって苦しそうだったから」

「ふふっ。有亜ちゃんらしいわね」

「どうかしたの? 何か考え込んでたみたいだったけど」

「うん……。実は--」


 私は今の悩みを全て百華に話した。

 百華は私たちの事情を知っているし、今私が相談できるのは百華しかいないからだ。


「なるほどね……。それでお姉ちゃんはお兄ちゃんと別れたくないから部屋を飛び出してきて今こうしてお風呂に入っていると」

「そういうことよ。というか本当に灯織君のことお兄ちゃん呼びしてるのね」

「うん。だって本当に私はお義兄ちゃんになると思ってるから」

「そ、そう……」


 今のは言葉を文面にしなくても、百華がお兄ちゃんではなくと読んだことがはっきりと分かった。  


 本当にそうなるかどうかは私次第なんだけど。


「それで、どうするべきだと思ってるの?」

「ど、どうするべきって言われても……今のままの関係を続けたいとしか言えないわ」

「本当にそれでいいの?」

「え? 百華は私たちに別れてほしいの?」


 百華は灯織君のことをお義兄ちゃんと呼ぶほどに慕っている。

 それなのに、今の関係を続けていくことには反対で、今の関係を終わらせて親に別れると伝えてほしいと思っているのだろうか。


「いや逆だよ逆」

「逆?」

「本当に付き合っちゃえばって言ってるの」

「……へ?」


 確かにそう言われてみればこれまで灯織君との関係を終わらせたくないという思いから、なんとかして嘘の関係を続けていこうと思っていた。

 そのせいで、本当に付き合うというところまでは考えが至っておらず、百華の発言は目から鱗だった。


 私の驚いた表情を見て、百華はやれやれと呆れ顔を見せている。


「いやむしろなんでその結論に至らなかったのか教えてほしいくらいだよ」

「確かにそうね……。恋は盲目って言ったりするけどこういうことなのかしら」

「いや、お姉ちゃんたちの状況は特殊だしその言葉は当てはまらないと思うけど」

「そっか、そうだよね」


 私は笑みをこぼす。


「少しは気が晴れたみたいでよかった」

「うん。まだどうするべきか答えは見つかってないけど、百華のおかげで方向性は見えてきた気がする」

「よかったよかった。それじゃあ私はもう戻るから。のぼせないように気を付けてゆっくり考えてね〜」


 そう言って温泉から出ていった百華に私は手を振りながら、ありがとうと言葉をかけた。


 そして私は再び空を眺めながら考える。


 私はやっぱり灯織君のことが好きだ。


 嘘の恋人なんてものではなく、本当の恋人になりたいと思っている。


 こうなったらまずは灯織君が私のためにではなく、自分がどうしたいかを聞きだそう。


 そう覚悟を決めてお風呂から出た。


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