お互いを知ろう

第37話 何も知らない

 学校から帰宅した僕は、自分の部屋に置かれたベッドに寝転がりながら考え事をしていた。


 昨日千紗乃が料理が苦手という事実が発覚したわけだが、仮にも嘘の恋人として一緒に過ごしている時間は長いというのに僕たちお互いのことを知らなさすぎないか?


 嘘の恋人になってすぐ、お互いを知るために千紗乃の家で行われた質問ゲームとかいうカオスなゲームをしたことはあるが、結局あのゲームでは相手が付き合っているかとか、好きなタイプとか、そんなことばかりで本質的な部分を知ることはできなかった。


 何が得意で何が苦手で、何が好きで何が嫌いか。


 それが分かっていなければ、本人にその気はなくても結果的に相手に嫌な思いをさせてしまう可能性がある。


 今回の様に千紗乃が変に見栄を張って包丁を真上から刀の如く振り下ろすという危険な行動を取る前にお互いのことを知る必要があるだろう。


 そう考えた僕はリビングのソファーに座りながらネットクリックスでドラマを見ていた千紗乃に声をかけた。


「ちょっといいか?」

「どうかした?」


 僕が声をかけると千紗乃は動画を止め、俺の方へ視線を向ける。


「僕たちさ、お互いのことを知らなさすぎると思うんだよ。千紗乃が料理苦手なのも知らなかったし」

「あ、あれは苦手なんじゃなくてまだ練習したことないだけ」


 練習したことがなくて上手に料理ができないのと苦手で料理ができないのは同義なのではないだろうかと思ったが、気を遣ってツッコミを入れるのはやめておいた。


「そういうことな。とにかくさ、お互いのことを知らないと相手が迷惑被ることもあると思うんだよ」

「例えば?」

「じゃあ僕が今からネットで話題の最恐ホラー映画を見るって言ったら?」

「ちょ、やめてよ。私お化けとかそういうの苦手なんだから」

「そういうことだよ。今の反応で千紗乃がホラー映画が苦手なのは分かったけどさ、僕が千紗乃がホラーが苦手なのを知らないでリビングでホラー映画を見てる時に千紗乃がリビングに入ってきたら迷惑だろ?」

「確かに……それもそうね」

「だから一回お互いのことを知るために話し合おうぜって言いに来たんだよ」


 僕だって夕飯に前触れもなくピーマンたっぷりの青椒肉絲とかだされたら、その日はもう白米だけ食べて夕飯を終えるだろう。


 そう考えても、やはりお互いのことを知るのは重要だ。

 

「話し合うって言ったって、今回の私みたいに見栄を張りたくて『料理できますー』って言ったりとか、『ホラー映画怖くないですー』って嘘つく可能性もあるんじゃない? 灯織君だって本当は全くスポーツができない運動音痴でも、『僕運動音痴ですぅ』って正直に言いづらいでしょ?」

「ま、まあそれは確かに……てか運動音痴ってだけなのになんか喋り方にかなりの悪意があったように感じたんだが」

「あ、悪意なんて無いわよ。とにかく、お互いが本当のことを言うためには真実を包み隠さず本当のことを言いやすい環境を作らないとダメね」

「そうだな……」


 僕たちが真実を包み隠さず話すにはどうしたら良いのだろうか。


 嘘発見機みたいな便利な物があればいいのだが、そんな物はあるはずもない。


 となると、できるだけ本当のことを言いやすいようにリラックスできる環境を整える必要があるな。


 それなら近くのカフェで甘いもんでも食べながら……。


「あ、分かった。じゃあ裸になれば良いんじゃない?」

「……え?」

「ほら、裸の付き合いって言ったりもするじゃない」

「……え?」


 別に服を着ていたとしても裸の付き合いという言葉は適用されるのだろうが、千紗乃は今確実に、『裸になれば良いんじゃない?』と発言した。


 千紗乃がした発言の真意が分からぬまま、僕はその場で固まってしまった。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る