第36話 料理上手な彼氏
「ほら、できたぞ」
リビングに設置されているテーブルのイスにちょこんと縮こまって座っている千紗乃の前に、僕は出来上がったカレーの皿を置いた。
「……ごめん」
料理ができないことに対する罪悪感からか、千紗乃は意気消沈といった様子。
料理は女性がするものだという固定観念のせいで千紗乃は僕に料理が苦手だと言い出せなかったのだろう。
今の時代、男子でも料理をする奴はいっぱいいるしそこまで気にしなくてもいいのに。
「良いこと言おうとしてるわけじゃないけどさ、こういう時はごめんじゃなくてありがとうだろ。その方が僕は嬉しい」
「そ、それはそうだけど……。女の子が料理できないなんて、ありえないって思うでしょ?」
強気な千紗乃はどこへやら、すっかりしおらしくなってしまいうっすらと涙を浮かべながら上目遣いで僕の反応を確認してくる。
「僕は料理ができるかどうかで女子を判断したりしないよ。料理ができなくたってそれ以外に良いところなんかいくらでもあるだろ?」
「本当に?」
「……ああ。本当だ」
「……そ。ありがと。面倒くさいのに作ってくれて」
いつもと違って素直な千紗乃に調子が狂いそうになる。
これはこれでギャップというか、普段の強気な千紗乃も頑張って強気を演じている感があって好きだが、これくらいしおらしく女性らしい千紗乃もやはり可愛い。
「というかなんで料理なんかできるのよ。普段から作ったりしてるの?」
「両親が共働きだからな。作る時間が無いとかで押し付けられたことはあったよ。まあ有亜が美味そうに食べてくれるから、どちらかと言えば楽しんで作ってたけど」
「有亜ちゃんは幸せね。良いお兄ちゃんが居て」
「おっ、おお……」
「それじゃあいただきます」
千紗乃からお兄ちゃんと呼ばれてドキっとしている僕をよそに千紗乃はカレーを口の中へと運んだ。
その瞬間、千紗乃は頬に手を当てる。
「……美味しい。何これ、ママの作るカレーより美味しいかも」
ママに対してかなり失礼なことを言ってはいるが、そう言われた僕としては勿論悪い気分ではない。
「それはママに失礼だろ。いつもと違う味のカレー食べるから美味しく感じるだけじゃないか」
「そうかもしれないけど、美味しいのは間違いないわ。何がこんなに違うのかしら」
「肉の種類じゃないか。ウチは豚のブロック使ってるから、豚の脂がカレーに染み込むんだよ」
「そういうことね。そう言われてみればうちはいっつも牛肉使ってるわ」
流石千紗乃ママだな。なんとなくカレーに牛肉を使う家はお金持ちなイメージがある。
まあ地方的なものもあるのだろうけど。
「僕は牛肉の方が好きだったりするけどな。有亜が豚肉の方が好きだからうちはいっつも豚だけど」
「今度作り方教えてよ」
「作り方もそうだけど、まずは包丁の使い方からな」
「ちょ、馬鹿にしてる⁉︎」
「馬鹿になんかしてないって。怪我すると危ないからだよ」
「あ、ありがと……」
それから千紗乃は黙々と僕のカレーを食べ勧めた。
ただ僕がカレーを作って千紗乃がそれを食べている。
それだけの、日常的な光景であるはずなのに、なぜこれほどまでに幸福感があるのだろう。
この光景を見て、この嘘の関係が今後何年もずっと続いていく様な、そんな気がしていた。
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