料理
第35話 料理下手な彼女
「遅かったわね」
「すまん、日直だったから」
「じゃあ行きましょ」
同棲を開始した翌日の放課後、僕たちはアパートから程近いスーパーの前で夕飯の食料調達のために待ち合わせをしていた。
流石に校門の前で待ち合わせして一緒に帰宅するっていう憧れのシチュエーションは悪目立ちしすぎるのでできなかったが、こうしてスーパーの前で待ち合わせするだけでも多幸感がある。
アパートにはシャンプーや歯ブラシなどの生活必需品は準備されていたものの、食料品だけは準備されていなかったため、スーパーに買いに来たのだ。
ちなみに毎月の生活費は両親から支給されているので、贅沢をすることこそできないがお金に困ることはない。
「今日は何作るつもりなんだ?」
千紗乃一人に料理を押し付ける気は更々無いのだが、私がやると言って聞かないので料理に関しては千紗乃に任せることにした。
それだけ自信があるということなのだろう。
「初日だし、簡単にカレーとかにしよっかなと思ってる」
カレーは誰しもが使ったことのある料理で、特別美味しく作ろうと思わない限りは難しい工程を含まない料理だ。
小学生で行くデイキャンプなどでカレーが定番メニューになっているのも材料が少なく比較的作るのが簡単だからなのだろう。
切って炒めて煮込むだけ。それだけならあまり料理を経験していない高校生の僕たちにでも簡単に作れることができるだろう。
「カレーか。それなら僕でも手伝えそうだな」
「て、手伝わなくていいわよ。私一人でやるから」
「でも二人でやった方が早くないか?」
「な、慣れてない人がいると逆に時間がかかったりするのよ」
やたらと僕をキッチンに立たせようとしない千紗乃の反応に違和感を覚えながらも、有亜のために昔多少料理をしていた程度の僕がキッチンに入って邪魔なのは事実だし、これ以上手伝おうとするのはやめておいた。
「そっか。それなら料理は甘えることにするよ。得意なんだな、料理」
「ま、まあ多少はね」
「多少でも高校生が料理できるなんてすげぇよ」
「そ、そう? 高校生なら誰だって料理くらい作れると思うけど」
「そんなもんなのか。花嫁修行的な?」
「花嫁⁉︎ へ、変なこと言ってないで早く食材買うわよ‼︎」
急に買い物のペースを上げ、カレーの食材やこれから必要にあるであろう調味料などを大量にカゴの中へと入れていく千紗乃の姿を見て、そんなことはあり得ないと理解しているのに、本当に結婚をして夫婦になった様な、そんな感覚を覚えていた。
アパートに到着すると千紗乃はすぐ夕飯作りに取り掛かった。
包丁を片手にまな板の上に置かれた人参を切ろうとしているが、どうにもその手つきは料理を得意としている人のそれではない。
「やっぱ何か手伝おうか?」
「大丈夫って言ってるでしょ。そんなに時間がかかる物でもないし」
千紗乃の表情がどこか不安気に見えるのは気のせいなのだろうか。
若干の不安は拭いきれないものの、これ以上踏み込むと鬱陶しいだろうと僕は料理には介入しないことを決心した。
「そうか。じゃあ僕はゆっくりさせてもらうよ」
そう言って後ろを向いた次の瞬間、ゴンっとバットでタイヤを思いっきり叩いた時のような音が部屋中に鳴り響き、急いで後ろを振り向く。
「大丈夫か⁉︎ 怪我はないか⁉︎」
「え、あ、あの、うん。大丈夫」
「マジで焦ったわ……。それにしても今の音は何の音なんだ?」
「い、今のは……こう……」
千紗乃は包丁を振り上げ、まな板に振り下ろすような素振りを見せながらこちらを目配せをしてくる。
「はぁっ⁉︎ まさかおまっ、包丁を振りおろして野菜切ろうとしたのか⁉︎」
「だ、だって切り方分からなくて……」
どうやら僕の予感は的中したらしく、千紗乃は料理が得意ではないようだ。
恐らく僕に料理が苦手なことを知られるのが嫌で見栄を張っていたのだろう。
「……はぁ。ちょっとあっち行っててくれ。俺が作るから」
「え、でも……」
「いいから。千紗乃に怪我させるわけにはいかないからな」
「ありがとう……ございます」
使い方が分からず包丁を振り回す千紗乃をキッチンから追い出し、僕は手慣れた手つきでカレーを作り始めた。
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