第34話 同棲の始まり6

 千紗乃の部屋に入ったことがバレて動揺してしまってはいるが、焦って嘘をついたりはしない。


 嘘をついてしまうことで更に状況が悪化してしまう可能性があるからだ。


「入ってないわけ……え? 入ったの?」

「ああ。入った」

「そ、そう……」


 僕があまりにも堂々と立ち振る舞っているせいか、僕よりも千紗乃の方が焦ってしまっているように見える。


「いや、というかなんで私の部屋に勝手に入っておいてそんなに堂々としてるのよ」

「興味本位で入っただけで別に何も悪いことはしていないとはいえ、部屋に入ったのは事実だし堂々と謝ろうと思って」


 自分が悪いことをしたら、誠心誠意謝るのが鉄則である。


「堂々と謝るとか聞いたことないんだけど。それなら最初からやるなって話だし。それで、なんで私の部屋に入ったの?」

「千紗乃の方はどんな部屋なのかなぁって気になっただけだよ。てかどうして僕が千紗乃の部屋に入ったって分かったんだ?」

「そ、その……。外に置きっぱなしにしてた下着がキャリーケースの中にしまわれてたから」


 キャリーケースの中に入っていたと思い込んでしまってしまった下着が実は最初から外に出ていたということか。

 それなら俺はなんの意味もなくただ千紗乃の下着を触っただけのクズ男じゃないか。


「そういうことか」

「もしかして見た? キャリーケースの中の……」

「……ごめん。見た」

「あ、あれはその、両親に私たちの関係を信じてもらうためにおいておいた写真と同じものをパパが勝手に準備してたみたいで机の上に置かれてて……」


 僕の大方の予想通り、ツーショット写真を持ってきていたのは父親が原因だったようだ。


 僕の父親と千紗乃の父親が共謀でもしていたのだろうか。

 だとしたら避妊具を置くのは止めてくれよ千紗乃パパ。


 まあとにかく千紗乃が僕とのツーショット写真を持っている理由については納得することができた。 


「そういうことか。なら納得だ」

「はぁ……恥ずかしかった。写真立てでこんなに恥ずかしいんだから、コンドームなんて見られたら顔から火が出そうね」

「--え?」

「--え?」


 今千紗乃の口からとんでもない言葉が飛び出した気がする。

 その言葉を言ってくれとお願いしたって中々了承してはもらえないだろう言葉だ。


「なっ、おま、アレ見たのか⁉︎」

「--っ⁉︎ み、見てないわけないじゃない‼︎」


 『見てるわけないじゃない‼︎』と言おうとしたのだろうが、僕があまりにも正直に千紗乃の部屋に入ったことを白状したので、千紗乃も嘘はつけないと考えた結果、感情がぐちゃぐちゃになりよく分からない発言になってしまったのだろう。


「……はぁ。なんで僕の部屋入ったんだよ」

「灯織君と同じ理由よ。私も灯織君の部屋がどんな部屋なのか気になったの」

「じゃあお互い様ってことだな」

「ま、まあそうなるわね……って見つかったものが明らかにレベルに差があるんだけど⁉︎」


 流石に逃げきれなかった。


 頭が混乱してしまっている今なら、僕の部屋でコンドームが見つかってしまったことを有耶無耶にできるのではないかと考えたが、そう簡単に有耶無耶にできる代物ではない。


「同じようなもんじゃないか。ツーショット写真もコンドームも」

「どう考えても灯織君の部屋にあった物の方がまずいでしょ‼︎ なんであんなものが部屋にあったのよ‼︎」

「あんなものを僕が自分で買いに行って自分で持って来てると思うか⁉︎」

「思わないから驚いてるんじゃない‼︎」

「父さんが勝手にこの部屋の机に置いてきたんだよ。あんなもの、見たこともないし触ったこともない」

「……本当?」

「本当だよ。だから安心して生活してくれ。急に襲ったりはしないから」

「きゅ、急じゃなかったら襲うのね……」

「ん? なんだって?」

「な、なんでもないわよ」


 お互いの部屋にお互いの父親が準備したものが置かれていたおかげですぐに誤解を解くことができたが、この誤解を解くことができなかったら……そんな未来は想像したくもない。


 なぜかこの一件の後、本来であれば悪くなるべき千紗乃の機嫌がこれまで見てきた中で一番良かった理由は分からないままである。

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