第65話 あーん
「はぁーーめっちゃお腹空いたぁ」
「もうすぐ来るから我慢してなさい」
有亜は空腹が限界を迎えているようで子供の様にまだかまだかと駄々をこねている。
家族全員がお風呂から出てしばらくしたところで夕飯の時間となり、僕たちは夕飯を食べる会場へとやってきて席に座っていた。
我が妹が空腹で駄々をこねている姿は可愛らしくもあり目の保養にもなりそうなものだが、今はそれどころではない。
全員が今から運ばれてく夕食に期待を膨らませている中で、僕と千紗乃だけはぎこちない作り笑いを披露していた。
「ねぇ、本当にやる気?」
「やる気も何も、そうしないと僕たちの関係に気付かれるだろ」
「まあそうなんだけど……」
僕たちの関係を終わらせるという正規ルートがあるにも関わらず、千紗乃にやりたくもないことを強要するのは気が引ける。
しかし、今後も千紗乃と上手く関係を続けて行くための案は思い浮かんでおらず、今の僕にはこうするしかなかった。
「どうかしたの?」
千紗乃の横に座っていた百華ちゃんは僕たちの様子に違和感を覚えたようで、不思議そうな表情で千紗乃に喋りかけた。
「べ、別に何でもないわよ⁉︎」
「本当に?」
「だから本当だって……」
「お待たせしました〜」
千紗乃が分かりやすく狼狽えているため百華ちゃんも分かりやすく疑いの目を向けていたが、いいタイミングで夕飯が運ばれてきた。
百華ちゃんの視線は夕飯へと向けられ、僕はその間に千紗乃に耳打ちする。
「おい、もうちょっと上手くやれよ。百華ちゃんには僕たちの関係が知られてるから今からやることが演技だってバレても問題ないけど、下手したら母さんにもっと疑われるだろ」
「そ、そうなんだけど……」
戸惑う千紗乃の表情を見て僕は我に帰った。
「……いや、ごめん。そもそもこっちが無理なお願いをしてるんだしな」
千紗乃との関係を終わらせたくないという思いから当たりが厳しくなってしまっているが、そもそも正規ルートでもなくやる必要のないことを強要しているのだから千紗乃に非は無い。
「そんなことはないけど……」
「うん、やっぱやめとくか。母さんたちを騙すための演技なんて」
僕は考えを改め直し、ご飯が食べ終わってから僕たちの関係を終わらせる選択肢の話をしようと決心した。
千紗乃に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
「え、どうしたの急に?」
「千紗乃だって恥ずかしいだろ? みんなの前で僕にあんなことするの」
「今更何言ってるのよ。灯織君が私に迷惑かけないようにって思ってるのと同じくらい私も灯織君に迷惑をかけたくないって思ってるんだから。任せて」
「え?」
そういうと、千紗乃は箸を持ち小鉢に入れられた前菜を掴んで僕の方へと向けてきた。
「は、はい。灯織君、あーん」
これが僕の考えた母さんを信じ込ませるための必殺技、『あーん』である。
『あーん』である‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
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